「就活セクハラ」ついに法改正へ、“セクハラのブルーオーシャン”にメス

撮影:今村拓馬

厚労相の諮問機関である労働政策審議会は、企業に対し、就活生へのセクハラを防止するよう義務づける建議をとりまとめた。

Business Insider JapanではOB・OG訪問やインターンシップなどをきっかけに、女子学生らがセクハラや性暴力被害にあう「就活セクハラ」の実態について、2019年2月から報じてきた。

就活生は雇用関係にないことを理由に労働法の保護対象からはずされており、ある人材会社関係者は「悪い意味でセクハラの“ブルーオーシャン”になっている」と話したほどだ。

就活先企業の社員と就活生という力関係から、被害を誰にも打ち明けられず、希望する企業への就職を諦める女子学生は多く、就活自体ができなくなり、非正規の職を転々とした女性もいた。

今回の法改正に向けた方針は大きな前進だが、就活生へのパワハラについては企業の防止義務の対象からはずれるなど、課題も残る。

企業に就活生のセクハラ防止義務

従業員規模別にみた企業の就活等セクハラに関する取組状況。「特にない」が全体の53%を占める。

出典:女性活躍推進及び職場におけるハラスメント対策についての参考資料(厚生労働省 雇用環境・均等局 雇用機会均等課)

職場のセクシュアルハラスメントについては、事業主が労働者を守るために取るべき対応として(1)ハラスメントを行なってはならないという方針の明確化と周知啓発(2)相談体制の整備(3)事案が発生した場合の迅速かつ適切な対応などが、男女雇用機会均等法で義務づけられている。

しかし「就活生は雇用関係にない」ことなどを理由に保護対象からはずれている。2019年に改正、2020年に施行された改正法でも、事業主は就活生へのハラスメントを行なってはならないと周知したり、就活生から相談があった場合には適切な対応を行うよう努めたりすることなどが「望ましい」として、指針に記されるにとどまっていた。

今回の法改正の方針は、就活生をはじめとする求職者へのセクハラ防止を「職場における雇用管理の延長」として捉え、事業主に措置義務として課すものだ。

具体的には、OB・OG訪問など面談する際のルールをあらかじめ定めておくことや、相談窓口の周知、事案が発生した場合に被害者の心情に十分に配慮しつつ、行為者の謝罪や相談対応を行うことなどを想定する。

労働法や職場のハラスメントに詳しい、労働政策研究・研修機構(JILPT)副主任研究員の内藤忍さんは言う。

「企業が就活生らのセクハラを防止しなければならないようになったという点は前進です。伊藤詩織さんのケース※も、いわば就活セクハラの事案でした。こうしたことが二度と起きないようにしなければなりません」(内藤さん)

※ジャーナリストの伊藤詩織さんが就職先の紹介を求めて元TBS記者の山口敬之氏と会食した後、酒に酔って意識がない状態で性被害を受けたと告発。2022年7月に山口氏に賠償を命じる判決が確定した。

課題1.セクハラが「禁止」されていない

一方で、課題も多く残されている。

そもそもセクハラについては、対象が労働者か就活生かによらず、企業に課されているのは防止や相談に応じるなどの措置義務にとどまっている。セクハラそのものを禁止する規定がないことが問題だと内藤さんは指摘する。

「セクハラを禁止していない国は、先進国では非常に珍しい。今回の法改正の審議では、セクハラを禁止することについての議論がほとんど出ず、本当に残念でした。

セクハラを禁止する規定や定義がないということは、均等法では裁判で直接損害賠償請求できないなど、被害者を救済する規定もないということ。そこに目を向けて欲しいです」(内藤さん)

事業主が措置義務を守らなければ、都道府県の労働局から行政指導が行われ、指導や勧告に従わない場合には企業名が公表されうる。しかし、そもそも労働局が事業主に指導できるのは措置義務違反、つまりセクハラについての事業者側の対応のみで、禁止規定や定義がないため、起きた行為がセクハラかどうかの法的判断には関与できず、(行為者に)謝罪や反省を求める被害者のニーズを満たしていないことも多い。

課題2.就活パワハラ、SOGIハラは法のはざまに

労働政策審議会の様子。2024年12月26日。

撮影:竹下郁子

加えて、就活生へのセクハラが措置義務の対象になった一方で、就活生へのパワーハラスメントが除外されたことも大きな課題だ。

就活生へのパワハラについて、現状では「どこまでが相当な行為であるかという点についての社会的な共通認識が、必ずしも十分に形成されていない」というのが理由だった。

パワハラは(1)優越的な関係を背景とした言動で(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより(3)労働者の就業環境が害されるものという3要素を満たすものと定義されている。

今回の法改正の方針を審議した労政審では、「就活におけるパワハラは上記の3要素では捉えきれない面がある」という意見や、「面接官に厳しい口調で多数の質問をされ泣いてしまったが、入社してみると面接官はとても良い上司だった。ワイルドな取引先もあり、考えられない理不尽な思いをすることもあるため、耐性をテストされたのではないか」という学生の体験談をもとに、「パワハラ面接という言葉があるが、そう呼ばれているものが本当にパワハラと呼ぶにふさわしいのか、線引きは難しい」という意見もあった。

内藤さんが懸念するのは、前回の改正で労働者へのパワハラの1つとして「性的指向や性自認に関する差別的な言動『SOGIハラスメント』」の防止などの措置義務が企業に課されていたが、就活パワハラが抜け落ちたことで、就活生らへのSOGIハラも措置義務の対象外になったことだ。

就活時にSOGIハラを受けたというLGBTQ +当事者は多く、当事者団体らが改善を訴えてきた。

「ハラスメントをセクハラ、マタハラ、ケアハラ、パワハラなどに細分化して規制した結果、こうしてこぼれ落ちるケースが出てきました。ハラスメントを細分化して、バラバラの法で規制することの限界が見えてきたのではないでしょうか。

あらゆるハラスメントの根絶を目指す、包括的な立法についても検討を始めるべきだと思います」(内藤さん)

今回の審議は、法律の施行後5年で内容を見直すという規定に沿って行われた。しかし前回審議時の2019年は、衆議院・参議院ともに法案の附帯決議で「セクハラなどの防止対策の一層の充実強化を求める意見が多くある」として、さらなる制度改正に向けて「5年を待たずに施行状況を把握し、必要に応じて検討を開始すること」としていた。

「国会で『5年を待たずに見直すべし』という附帯決議が出ていたにもかかわらず、(厚労省で)今まで見直し作業は進められていなかった。もっと早い時期に検討を始めるべきでしたし、前回改正時も議論になったセクハラの禁止や被害者の救済などについて、時間をかけて検討し、今回は改正で踏み込むべきだったと思います。

このペースでは、ハラスメントはいつまで経ってもなくなりません」(内藤さん)

どのように法改正するかは、2025年1月から始まる通常国会で議論される。

就活生へのパワハラについては「指針などで防止に向けた取り組みを推進する」ことになっており、企業が取るべき対策について、どこまで具体的に指針に記載されるか、国会での論戦が待たれる。

少数与党下での国会となった今、法案に修正が加えられる可能性もあるだろう。

就活SOGIハラを含む就活パワハラが措置義務の対象になっていないことや、ハラスメントの禁止規定がないことも、恐らく今の国会の構成だと、議論になるはずです」(内藤さん)

将来の選択肢を広げるための就活で、未来を奪われる学生たちがいる。もう問題を先延ばしにはできない。

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