「魚雷バット」が切り開く地平 道具の最適化探る時代に
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魅力あるものが流行するのはどの分野も同じで、野球界も「はやり」に敏感な世界だ。今季、米大リーグのヤンキースの選手たちが先端が細い「トルピード(魚雷)バット」を使い始めると、物珍しさに他チームの選手も次々に使い始めた。ブームの波は海を渡り、日本のプロ野球でも多くの選手がメーカーから取り寄せている。はたして新型バットはヒット作として定着するのか。
魚雷バットが一躍脚光を浴びたのはヤンキースの開幕シリーズだった。3月29日に1試合だけで9本塁打を放ち、同日を含む開幕3試合でも15本塁打と量産した。ここでポール・ゴールドシュミットやコディ・ベリンジャー、ジャズ・チザムら一部の選手が使っていたのが魚雷バットだった。
先端が太い通常のバットと違って、ボウリングのピンのように先が細くなっているのが魚雷バットの特徴。独特の形状により、芯の部分が通常のものと比べてやや手元側にあるのもこのバットならではだ。
魚雷バットのメリットは操作性の高さにある。芯が手元に近いところにあることでスイングがしやすい。私が代表を務めるデータ分析会社、DELTA(東京・豊島)のアナリストの説明を借りると、中身が入ったペットボトルを振る際、キャップ側より底の側を持った方が速く振れるのと同じ原理だ。
芯が手元寄りにあることで、内角球に詰まらず鋭い打球を打つことが見込める。普通に振っても従来のバットより芯に近いところに当たるが、操作性が高いことで、より芯付近で捉えられる可能性が高まる。
懸念されるのは、これまでとは異なる打撃の感覚が求められることだ。長い期間をかけて鋭敏な感覚を養ってきたプロの打者は、どのようにバットを出せば投球を芯で捉えられるかを肌感覚で知っている。魚雷バットを使うことで、従来のバットなら芯で捉えられるところが、魚雷バットだと先の方に当たって鈍い打球になる、ということが起こりかねない。
加えて、レギュラーシーズンに入った今の段階で感覚の修正を図るのはリスクが高い。キャンプやオープン戦なら試しやすいが、チームと自身の成績を左右する公式戦の打席をテストの場にするのは勇気が要る。試してはみたものの、従来の感覚との違いからスイングに狂いが出て長く不調に陥る、ということもあり得るだろう。
その点、ヤンキースは開幕前に十分なテストをしてきたと推察される。魚雷バットを考案した元米マサチューセッツ工科大の物理学者、アーロン・リーンハート氏は昨季、ヤンキースのアナリストを務めた。現在、魚雷バットを使う選手たちは同氏の知見を基に、オフやスプリングトレーニングでバットの特徴を把握し、しっかり効果を検証した上で今季を迎えたはずだ。
その選手たちが開幕早々に本塁打をよく打ったことで魚雷バットが「魔法の杖」のようにもてはやされているが、はたしてどうか。操作性は高いものの、長打力に直結するのかは現段階では不明。本塁打をよく打ったのはたまたま調子が良かったからかもしれない。まとまった数の打席結果をみて初めて検証できるもので、サンプル数が少ない今の時点ではなんともいえないだろう。
それでも、新たな可能性の扉が開かれた点で魚雷バットの登場は歓迎すべきものだ。従来、グリップエンドについては様々な形状のものがあったが、バットの先端を細くする発想はなかった。技術革新の余地はまだ色々なところに残されているのだという発見自体が、最も意義のあるものかもしれない。
選手のパフォーマンスを1%でも2%でも向上させるために技術開発や先行投資に積極的に取り組むのが、今の野球界の大きな流れ。その中で魚雷バットが突如、表舞台に出てきたのはインパクトがある。今後はグラブやスパイクなど他の道具でも、さらなる改良の余地がないかを探る動きが出るかもしれない。
データ分析に携わる者として特筆しておきたいのが、魚雷バット登場の背景に分析技術の高度化があることだ。ホークアイなど高性能カメラを使った解析システムの発展により、スイングの軌道やバットのどこに球が当たったかなどを正確に測定できるようになった。そのことが、選手の特性に合った道具の開発を可能にしたといってもいいだろう。
これまではフォームやスイングの改良という、もっぱら打者の動きの改善が打力向上の手段だっただけに、道具の最適化という新たな手立てが加わる意味は計り知れない。伸びが頭打ちの選手のブレークを手助けするのか。「投高打低」の現状を覆す利器となるのか。魚雷バットを巡る動きはしばらく注目を集めそうだ。
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