「10年ぶりに本が読めて涙が出ました」 “AI搭載”の網膜インプラント 失った視力を取り戻す実験に成功【海外】
本や看板の文字が再び読めるようになる──そんな夢のような技術が、現実になりつつあります。イギリス・スタンフォード大学の研究チームが開発したAI搭載の人工眼「PRIMA(プリマ)」が、視力を失った人の読書する力を取り戻すことに成功しました。
この新しい網膜インプラントは、AIが映像を理解して脳に伝えることで、失明した人にもう一度“見える”感覚を届ける画期的な仕組みです。
PRIMAは、目の奥の網膜に埋め込む小さな電子チップです。そのサイズは、なんと米粒ほど。このチップが壊れた目の細胞のかわりに光を感じて信号を送る役目を担います。
患者は、AIカメラを内蔵した特別なメガネをかけます。メガネのカメラが周囲の映像をとらえ、AIがそれを解析。大事な情報(人の顔や文字など)を赤外線信号に変換して網膜へ送るのです。
そしてチップがその信号を受け取り、網膜の神経を刺激することで、脳が「見えた」と感じるようになります。つまり“AIがかわりに見て”、人間の脳に伝える人工の視覚なのです。
画像はStanford Medicine「Palanker Lab」からの引用研究チームは、加齢によって視力を失った患者38人にPRIMAを埋め込みました。その結果、約8割の人が単語や短い文章を読めるまでに視力が回復。中には、普通の視力検査で5段階上まで見えるようになった人もいました。
患者の1人はこう話しています。
「10年ぶりに本のページが読めました。文字が浮かび上がってくるようで、涙が出ました」
AIによるズームやコントラスト調整機能で、小さな文字や薄暗い場所でも見やすくなり、自分で本を読む・看板を探す・料理のラベルを見るなど、日常生活の自由が大きく広がったといいます。
PRIMAの最大の特徴は、完全ワイヤレスであること。電池もケーブルもなく、外の光(赤外線)で動く仕組みです。自然に残っている周辺の視界と人工的に作られた中心視野を組み合わせて使えるため、世界を立体的に感じることができます。
開発者のダニエル・パランカー博士はこう語ります。
「これまでの人工眼は光があると感じるだけでした。PRIMAは何が見えているかを理解できるようにします。人間の目とAIが手を取り合った、新しい視覚なんです」
現在のPRIMAは白黒の映像を再現しますが、研究チームはカラー表示や細かい形の認識を目指しています。新しいチップでは画素数を10倍に増やし、よりくっきりした映像を再現できる見込みです。「次の目標は顔の表情が分かること」とパランカー博士は話します。
もしそれが実現すれば、家族の顔を見て笑い合える──そんな当たり前の日常が、もう一度取り戻せるかもしれません。
PRIMAは、さまざまな網膜疾患に応用できる可能性があります。この研究には、スタンフォード大学をはじめ、ヨーロッパやアメリカの医療機関が参加しています。AIと人間の神経をつなぐ技術は、まだ始まったばかりです。この小さなチップが生み出す光は、見えなくなった人の人生を再び照らす希望の光となるかもしれません。
この研究は、2025年10月20日付の『The New England Journal of Medicine』誌に発表されました。