「退職という健康法」「週4日勤務の力」「通勤時間と家の広さ」──知っておきたい労働と健康の研究4つ
このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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現代社会において、働き方と健康の関係は私たちの人生の質を左右する重要なテーマとなっている。長時間労働や通勤ストレスなど、労働環境が心身に与える影響について、世界各地で多方面から研究が進められている。今回は、日本と海外の最新研究から、働き方と健康の関係について新たな視点を提供する4つの研究成果を紹介する。
慶應義塾大学と早稲田大学の研究チームが発表した調査によると、退職は全体的に健康に良い影響を与えることが明らかになった。35カ国における50~70歳の約10万7000人を平均6.7年間追跡した結果、退職後には認知機能の向上、日常生活動作の自立性向上、主観的健康評価の改善、運動不足の解消を確認した。
特に性別による違いが顕著。女性の健康改善度は男性の約2倍に達し、記憶力などの認知機能がより大きく向上した。入浴や買い物、金銭管理といった日常生活動作を自立して行える確率も女性の方が顕著に上昇し、喫煙率も減少した。研究者らは、女性が退職後により社会的に活発になる傾向があることや、仕事上のストレスからの解放が喫煙習慣の改善につながっている可能性を指摘している。
この退職による健康効果は、国や地域、所得水準、学歴、退職前の仕事特性に関わらず、35カ国全体で一貫して観察できた。高齢化が進む中で年金支給開始年齢の引き上げが議論される現代において、この研究結果は重要な示唆を与えている。
(関連記事:“退職”は健康に良い影響――慶大と早大が研究報告 50歳以上約10万人を対象に調査)
米ボストン・カレッジとアイルランドのユニバーシティ・カレッジ・ダブリンの研究チームは、週4日勤務制の実験を実施した。オーストラリア、カナダ、アイルランド、ニュージーランド、英国、米国などの141組織、約2900人の従業員を対象に、「80%の労働時間で100%の給与」というモデルを6カ月間試験的に導入した。
結果は、週平均労働時間が39.21時間から34.01時間へと約5時間減少し、それに伴って従業員のウェルビーイングが顕著に改善された。バーンアウト(燃え尽き症候群)は減少し、職務満足度は上昇。精神的健康と身体的健康の両方が改善し、対照的に試験に参加しなかった企業ではこれらの変化は見られなかった。
さらに、労働時間の削減幅が大きいほど改善効果も大きく、週8時間以上の削減を達成した従業員が最も大きな恩恵を受けた。この改善の背景には、労働能力の自己評価向上、睡眠の質の改善、疲労感の軽減、運動頻度の増加があった。追加の休日を健康的な活動に活用することで、生産性を維持しながら生活の質を向上させるという働き方の可能性を示した。
(関連記事:「週4日勤務」を140社で半年テスト 給料は同じ、労働時間は減少 従業員はどう変わった? 米国チームが発表)
韓国の延世大学の研究チームは、過労が脳構造に与える影響について研究を行った。医療従事者110人を対象に、週52時間以上働く「過労グループ」と週52時間未満の「非過労グループ」に分けて脳のMRI検査を実施した結果、次のようなことが分かった。
過労グループでは、思考や計画立案、意思決定などの「実行機能」と感情コントロールに関わる脳領域の容積が増加していた。具体的には、左尾側中前頭回という脳領域の容積が非過労グループより19%も大きく、中前頭回や島皮質、上側頭回を含む17の領域でも容積の増加を観察した。
この脳構造の変化は、喫煙や飲酒、運動などの生活習慣要因を調整した後も有意であり、長時間労働そのものが脳に直接的な影響を与えていることを示唆している。
(関連記事:週52時間以上の長時間労働→脳の構造が変化 MRIで100人以上の脳を調査 韓国の研究者らが発表)
大阪公立大学の研究チームは、東京圏における通勤時間と住居環境が睡眠の質に与える影響について調査した。東京都内に勤務する40~50代の会社員約1760人を対象にした調査では、現代都市生活が抱える深刻な問題が浮き彫りになった。
片道50分を超える通勤は不眠症のリスクを1.35倍、日中の過度な眠気のリスクを1.22倍に高めることが判明した。さらに、住居の床面積が95平方メートル未満の場合、不眠症のリスクが1.44倍に上昇することも明らかになった。
研究が示した発見は、通勤時間と住居の広さの間に存在するトレードオフの関係だ。95平方メートルの住宅に住む場合、片道約53分の通勤時間で不眠症の臨床的な閾値に達するという予測モデルは、東京都心から約25km離れた典型的な郊外住宅の立地条件と一致する。
つまり、都心の狭い住宅で短い通勤時間を選ぶか、郊外の広い住宅で長い通勤時間を受け入れるかという選択は、どちらも睡眠の質に対して異なる形で悪影響を及ぼす可能性がある。
(関連記事:「通勤時間が長い」人ほど不眠症になりやすい?――40~50代の都内通勤者1757人を分析)
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