天才物理学者たちが信じて疑わなかった「ラプラスの悪魔」…“古典力学の歴史”が示す「AIに自我が生まれない」ワケ(田口 善弘)

「いつの日かAIは自我を持ち、人類を排除するのではないか―」2024年のノーベル物理学賞を受賞した天才・ヒントンの警告を、物理学者・田口善弘は真っ向から否定する。 

理由は単純だ。人工知能(AI)と人間の知能は本質的に異なるからである。 しかし、そもそも「知能」とは何なのだろうか。その謎を解くには、「知能」という概念を再定義し、人間とAIの知能の「 違い」を探求しなくてはならない。 生成AIをめぐる混沌とした現状を物理学者が鮮やかに読み解く田口氏の著書 『知能とはなにか』 より、一部抜粋・再編集してお届けする。 

《力=質量×加速度》は「よくできた嘘」なのか

『《力=質量×加速度》は「非常によくできた嘘」!?…じつは我々の世界を「支配している」量子力学になぜ人は気付けないのか』 より続く。 

ここでは脳が認識している世界が現実とは異なったものだということを強調するためにやや誇張した表現をとってはいるが、要するに現実を十分に正しく記述できる世界シミュレーターを実現したとしても、それが真実とは限らないし、そういうもの(=正しくはないが現実を十分に正しく記述できる世界シミュレーター)は、古典力学という形ですでに生命体の脳の中に実在しているのだから、生成AIが全く別の方法で同じようなことを成し遂げてしまったとしても驚くには全く当たらない、ということだ。

実際、この(本当は間違っている)古典力学を、20世紀初頭に量子力学が発見されるまでは当時の物理学者は完全に信じ込んでいて、なんの疑いも抱いてはいなかった。

世界最高の数学者であったラプラスは「ラプラスの悪魔」という存在を考えた。古典力学が正しければ、世界の未来は過去の時点での初期状態(すべての物体の位置と速度)が決まれば決まるので、十分に高い計算力を持った存在がいれば(まあ、そんなのはいないからそれをラプラスは悪魔と想定したわけだが)、それは世界の未来を未来永劫理解している全知全能の存在になるだろう、と予言した。

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古典力学にちょっとでも瑕疵の可能性があると思ったらこんな壮大なことは思いつきようもないから、当時の世界最高の知性たちがどれほど古典力学を信じ切っていたか、この逸話からも明らかだろう。

量子力学と古典力学がどのように食い違っていて、その食い違いを人間(の脳)はどうやって認知的に乗り越えているかみたいな話はいくらでも書けるのだが、それは横道にそれ過ぎるのでこれくらいにしておく。

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