これが「明石商の野球」 東洋大姫路と再戦、粘って粘って食らいつく

2025年7月22日20時03分

 (22日、第107回全国高校野球選手権兵庫大会5回戦 明石商0―1東洋大姫路)

 まさに自分たちがやりたかった「明石商業の野球」だった。試合後、明石商の山内宏斗主将(3年)はそう振り返った。

 相手は、今春の選抜大会出場の東洋大姫路。何度も訪れたピンチを必死に耐えしのいだ。

 一回に本塁打で先制を許し、その後も毎回、走者を出した。それでも石原大暉投手(3年)が本塁を踏ませず、粘って粘って好機を待った。

 少し前までは、違う雰囲気のチームだった。

 「100回やっても、100回勝てないチームやね」

 5月5日、春季兵庫県大会準決勝。明石商は東洋大姫路に0―10で5回コールド負けした。試合後の取材で、狭間善徳監督は、そうつぶやいた。

 「夏に向けて足りないところをやっていくしかない。100回戦って、1回勝てるチームになるしかない」

 この言葉の真意はなにか。7月上旬、明石商を訪ねて、改めて聞いてみた。

 狭間監督は、そのときの言葉をこう振り返った。

 「打者陣の振り、投手陣の投球、能力の差を感じた」。だが一方で、「練習や気持ちでカバーできる。それが高校野球」だという。

 狭間監督は、春夏あわせて5度の甲子園出場経験がある(2020年の選抜大会は新型コロナで中止)。「どんな試合でも食らいつき辛抱して、最後に1点取って逆転する。終盤に勝つというのが明石商業の野球だ」

 ところが、春の東洋大姫路戦は、失策などのミスが目立った。ヒットはわずか2本で、反撃するチャンスさえもらえなかった。ミーティングで決めた守備位置や配球が徹底できていなかった。

 狭間監督は、独特の言葉遣いでこう表現した。「(今年のチームは)野球に対して、燃え続けられていない」

 その後、明石商のメンバーの意識が変わるきっかけがあった。6月にあった関東遠征だ。夏のベンチ入りメンバーの選考会の意味合いもあり、3年生全員が参加した。遠征後、狭間監督は3年生のうち17人に「最後の夏はベンチに入れない」と告げた。

 17人は悔しさを胸の中に押し込んで、準備や水まきなどのサポートに徹していた。

 山内主将は、ベンチを外れた選手から言われたことを、はっきりと覚えている。「何でも練習に付き合うから。1千本でも1万本でもノックを打つから。頑張ってくれ」

 選手たちの練習に取り組む意識が変わった。山内主将は「試合に出られるやつらが気持ちを持ってやらんと。明石商業の強さを見せるのは、試合に出る選手しかできない」と力を込める。

 メンバー一人ひとりの個性が強いチームだが、「チームのために尽くす」という意識に変わっていったという。

 狭間監督も「あのときから野球に対する取り組み方が変わった。高い意識で練習ができている」と話す。

 さらに明石商は「日本一ミーティングをする」という。一つのミスも妥協も許さない「高い意識の練習」に加え、対戦相手1校につき10時間以上のミーティングをすることで、接戦に持ち込むことができ、力量が上の相手にも勝てる、と考えている。

 夏の兵庫大会は、3回戦で逆転してコールド勝ち。4回戦では石原投手がノーヒットノーランを達成し、勝ち上がってきた。

 この日、好機をつくったのは山内主将だった。1点を追う六回、外角低めの直球を左前にはじき返して出塁し、犠打などで三塁まで進んだ。八回も中前安打を放ち、犠打で得点圏に進んだ。

 ただ、再三の好機も、あと一本が出なかった。

 試合後、山内主将は号泣した。「最後まで粘って食らいつく野球ができた」。ただ、「勝ちきるのが明石商業だと思う」。また、泣いた。

 狭間監督は、悔しさをにじませながらも選手をほめた。「粘って粘る、明石商業らしい試合だった。成長したな」(原晟也)

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