ドラマ「プライベートバンカー」が示す日本の変化-超富裕層も題材に

「依頼主の資産を人生を賭けてお守りするフリーランス。いわば資産の番人。マネーの執事」。唐沢寿明演じる主人公の庵野甲一(58)は、テレビ朝日のドラマ「プライベートバンカー」(1月9日から毎週木曜日午後9時放送中)の第1話で自らの職業をこう紹介した。

  スリーピースのスーツに身を固め、白い前髪を後ろに流し、黒縁眼鏡に堂々とした風格で片手に武器にもなる黒い傘を持つ庵野。「この私が全てお預かりいたします」。多額の借金を抱え途方に暮れ、建物の屋上から飛び降りようとした鈴木保奈美扮(ふん)する老舗団子屋の社長に救いの手をさしのべる。

  米国のドラマでは事業で財を成す一家などを題材とすることは珍しくないが、日本ではあまり見られなかった。しかし、インフレ到来や株価の最高値更新を受け、人々の資産管理(ウェルスマネジメント)やお金に対する関心が高まったことで、こうしたドラマを受け入れる下地ができたのかもしれない。

  同番組のファンで実際にプライベートバンカーでもあるJトラストグローバル証券の松木弥来副社長は、「日本では昔からお金持ちを見せびらかすのは道徳的に良しとはされていなかった」と言う。しかし、SNS上でお金を持つことが「少しずつ賞賛され始める」など「富(とみ)」に対する社会の見方は変化していると指摘する。

  第1話にはZOZO創業者で巨万の富を築いた実在の「超富裕層」である前澤友作氏が登場。庵野が購入を手助けした「100億円」の自家用ジェット機の上質なシートに座り、2人で祝杯を挙げる。前澤氏は「本当に庵野さんのおかげでいい買い物ができました」と礼を言い、別の大物顧客を紹介する。

「プライベートバンカー」で共演する前澤友作氏(左)と唐沢寿明氏

  プライベートバンカーとは、顧客の資産状況を把握した上で、金融商品の提供など通常のサービスを超えてオーダーメードの資産運用や財産・事業継承といった問題の解決策を総合的に提供する仕事だ。ドラマの中で庵野はフリーランスだが、実際には銀行、証券会社、信託銀行などの金融機関に属する場合が多い。

  庵野は推定資産7000億円強を持つ外食業界最大手企業の天宮寺丈洋(79)社長から「一族の」プライベートバンカーを任される。依頼主が困りごとを口にすると、「お預かりいたしましょう!」の決め台詞で仕事を引き受け、難題をコメディータッチで痛快に解決していく。

  テレビ朝日制作部プロデューサーの秋山貴人氏は、ドラマ作りでは常に「新しく面白いキャラクターを考えている」と言う。「この時代に金融知識を操りながら、物事を進めていくキャラクターがいたらいいなと思った」とドラマ制作に至った経緯や庵野の人物像設定について語った。

「金融知識」操る主人公

  日本は今、少額投資非課税制度(NISA)の拡充や株価上昇を背景とした投資ブームにある。日本証券業協会によると、2024年に主要証券10社のNISA口座を経由した投資額は合計12兆8363億円に上り、23年の3倍超に達した。その一方で投資経験の浅い人を狙った投資詐欺も増加している。

  秋山氏は、お金に興味はあっても「何から学べばよいのか、きっかけがつかめなかった人に、こういう世界もあるんだと楽しんでもらえれば」とドラマの意図を話す。制作に際してはリサーチの一環で、現役のプライベートバンカーや日本の大手証券社員、会計士、元国税庁関係者、富裕層と対話したという。

  日本の富裕層は増加している。UBSグループのリポートによると総資産100万米ドル(約1億5000万円)超の富裕層は23年で約280万人。米国の2200万人弱を大きく下回るが、フランスやドイツとほぼ同水準。UBSでは28年までに360万人程度に増えるとみている。日本の銀行や証券会社もウェルスマネジメント業務を強化している。

  「プライベートバンカー」は投資を指南するドラマではない。しかし、テレビ朝日の秋山氏によると、庵野は金融を勉強しないと富豪たちの考えにはめられて生きていくことになるという意識を登場人物らに「植え付ける役割」を担っている。劇中で庵野は時にホワイトボードも使って金融の仕組みなどを解説する。

  第1話で窮地に陥る団子屋の女性社長は、腹違いの兄弟と悪徳銀行員に仕掛けられた投資詐欺などにより、遺産の相続権を失う。庵野はだまされた社長に「金融知識に乏しいあなたは、まんまとその餌食となった」と反省を促す。彼女は自らの問題を庵野と一緒に解決した後も、金融知識などを身に付けたいという気持ちから庵野の助手となり、行動を共にする。

  節税がテーマの第2話には、投資の基礎知識が散りばめられている。天宮寺家の長男が階段から何者かに突き落とされ、庵野はその捜査に協力。長男には6人の愛人がおり、彼女らをペーパーカンパニーで雇用することで、食事や旅行などの出費を経費として落としていたことが判明する。

  庵野はそのうちの1人に、天宮寺家の長男が「愛情の分散投資」をしているのに、あなたは彼との関係一本に絞る方が効率的だと思ったのだろうと言い放ち、「卵は1つのカゴに盛るな」と諭す。リスク分散を促す相場格言の一つだ。

  東海大学文化社会学部広報メディア学科の岡田章子准教授は、欧米などに比べ「富豪もの」ドラマが少ないのは、日本人が「1億総中流という幻想」を持ち、劇中のファッションやインテリアより、ストーリー性を重視する傾向にあるからではないかと分析する。

  その上で今回のドラマでも、庵野は必ずしも実権を握る富裕層の完全な味方になっている訳ではなく、「弱者にも知恵を授ける」ストーリー展開になっている点に注目。これまでの経済ドラマも踏襲した「勧善懲悪的な痛快さ」が盛り込まれていると述べた。

  富裕層向けプライベートバンキングチームの構築に取り組むJトラストグローバル証の松木氏は、現実はドラマの一部ほど劇的ではなく「家族間の争いを解決することはほとんどないし、加害者探しを手伝うこともない」と言う。それでも「私たちの職業が広く知られるようになってきていることがうれしい」と語った。  

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