ボーイングが米空軍からJDAM LR契約を獲得、JDAMの巡航ミサイル化
ボーイングは2020年にJDAMの巡航ミサイル化を提案していたが、5日「米空軍とJDAM LRについて契約を締結した」と発表した。JDAM LRは折りたたみ式の主翼とクラトス製エンジンを備えており、ボーイングは射程について300海里以上=555km以上と説明している。
参考:JDAM Long Range enters initial production 参考:Boeing wins first production contract for jet-powered JDAM
米空軍が敵の航空戦力や防空システムを破壊して制空権を確保しようとするのは地上攻撃の作戦コストを圧縮するためで、高価な長距離攻撃兵器を使用したスタンドオフに頼るのではなく、再使用可能な戦闘機を敵領空内に侵入させて無誘導爆弾のMk.80シリーズ、これに精密誘導能力を追加したJDAMで地上目標を叩く戦術=スタンドインを志向しており、これを用いた地上攻撃コストは長距離攻撃兵器よりも圧倒的に安価だが、これを運搬する戦闘機は標的の上空近くを通過するよう飛行しなければならない。
出典:Photo by Staff Sgt. Taylor Drzazgowski
米空軍は伝統的に「ブルー・スカイ(戦闘機や爆撃機が運用される中・高高度のこと)を巡る戦いが制空権を左右する」と、さらに「ステルスによる生存性の追求こそがスタンドインの効果を高める」と考えてきたため、高価な長距離攻撃兵器と安価なJDAMの間を埋める手段については特に大きな関心を示さず、対イラン作戦=エピック・フューリー作戦でも開戦初期に大量の長距離攻撃兵器を投入して地上配備型防空システムを破壊し、まともな航空戦力を保有しないイラン領上空を支配すれば地上攻撃コストを圧縮できると考えていた。
当時のヘグセス国防長官とケイン統合参謀本部議長は「米軍とイスラエル軍がイラン上空の制空権を確保して内陸部への侵入が可能になれば作戦は精密誘導兵器への依存から脱却し、より豊富な在庫があるレーザー誘導爆弾の使用が増えるだろう」と語り、戦略国際問題研究所(CSIS)で米軍の弾薬備蓄を監視しているマーク・カンシアン氏も「精密誘導兵器に依存した作戦が安価な兵器の使用に移行すれば、1発あたりの攻撃コストは数百万ドル、場合によっては10万ドル以下へと劇的に低下するだろう」と述べていたが、スタンドインが成立しなかったため戦争は膠着状態に陥ってしまっている。
出典:DoD photo by Benjamin Applebaum
偵察衛星による監視能力はニアリアルタイムであり、低軌道を周回しているため特定地点の継続的な監視能力も1回の通過で数分程度しかなく、偵察衛星の監視能力に基づいた静止目標の位置特定は得意でも、移動目標の位置をリアルタイムで追尾するのは不可能に近く、どれだけ偵察衛星を保有していても地上目標の位置を完全に把握できるわけではない。
米空軍はイラク戦争時にスカッドミサイルを発射する移動式ランチャーの破壊に、ロシア軍もウクライナの防空網制圧に失敗し、今回の対イラン作戦でも結果は同じで、迅速な移動可能で運用方法にも工夫を凝らした地上目標の発見と破壊が如何に難しいか、特にイランが使用したレーダー誘導式地対空ミサイル、目視観測員、電気光学センサー、赤外線センサーを組み合わせたパッシブ方式の防空システムは目標を迎撃する一瞬しかレーダーを使用しないため、パイロットが危険に気づくのは地対空ミサイルが発射された後で対処時間がほとんど残されておらず、このパッシブ方式はステルスに対しても効果的だ。
出典:U.S. Air Force photo by Airman 1st Class Jennifer Nesbitt
実際にF-35Aはイラン上空での戦闘任務中に攻撃を受けて緊急着陸を余儀なくされており、同じようにイラン上空での戦闘任務中だったF-15EはMANPADSによる待ち伏せ攻撃で撃墜され、搭乗していたパイロットと兵器システム士官は救出されたものの、大規模な戦闘捜索救難作戦は多額の費用が掛かっている。A-10も何らかの攻撃を受けてパイロットが脱出したため機体が墜落、A-64Eもホルムズ海峡付近でイランのドローンによって撃墜されており、安価なJDAMを抱えて目標上空を飛行できる状況ではない。
イランが使用するパッシブ方式の防空システムやMANPADSは「イラン領空の制空権を確保するため」ではなく「イラン領空の制空権を完全に確立させないため」に使用されており、基本的には空からの攻撃を分散と地下化で耐えながら決定的な崩壊=制空権の喪失を防ぐための役割なので、システムが破壊されるリスクを犯してまで迎撃してこないため「イラン領空に侵入するリスク」として残り続け、これがスタンドインを成立させなかった大きな要因だ。
出典:Fighterbomber
ロシアの航空戦力は防空網制圧に失敗したため、ウクライナの迎撃ミサイルが届かない地点まで滑空爆弾を運搬する任務に従事し、ロシアの航空戦力は基本的に地上軍の火力支援としての性質が強いため「空飛ぶ大砲」の異名を取り戻しつつあり、ボーイングは5日「米空軍がJDAMを簡易の巡航ミサイルに変換するアイデアに資金を与えた」と発表している。
オーストラリア空軍とボーイングはJDAMに折りたたみ式の主翼を取り付けたJDAM Extended Range=JDAM ERを開発し、50km~70km離れた目標を攻撃可能になったものの、当時の米空軍は関心を示さなかったためオーストラリア空軍のみの導入で終わってしまった。そこでボーイングは米空軍の関心を引くためJDAM ERにジェットエンジンを追加したPowered JDAMを2020年に提案し、AGM-158A JASSM(370km)に匹敵する射程を備えていたが、それでも米空軍はJDAM ERに大きな関心を示さなかったため本アイデアは半ば放置されていた。
出典:Boeing JDAM ER
ウクライナ戦争で滑空爆弾は「プラットフォームの生存性を高める安価な攻撃手段」として有効性が確認され、ボーイングは1億ドルの自社資金を投じてBSU-111/B Payload Delivery Unit=PDUを開発、これは500ポンドのJDAMをGBU-75と呼ばれるJDAM Long Range=JDAM LRに変換することができ、米海軍は折りたたみ式の主翼とクラトス製エンジン(TDI-J85)を備えたJDAM LRを4月にテストし、約200海里を飛行した後に目標の数m以内へ着弾している。
米海軍のサラ・アボット大佐はJDAM LRについて「海軍航空部隊はJDAMに大きく依存しており、より遠距離からの攻撃能力を部隊に提供することが極めて重要だと認識している」「この新たな能力によりパイロットは従来よりはるかに安全な距離から目標を攻撃できるようになり、脅威の高い競争環境下においても戦術的優位性を維持できる」と述べ、JDAM LRは基本的にJDAMの派生型なので既存の生産ラインと誘導モジュールをベースに生産可能で、JDAMを搭載して空中投下できる航空機なら改修することなくJDAM LRを搭載できるらしい。
出典:U.S. Navy photo/released
ボーイングはJDAM LRについて「500ポンド級のペイロードを搭載して300海里以上=555km以上の飛行が可能」と述べているため、ロシアが使用している滑空爆弾よりも安全マージンが優れており、スタンドインが成立しない場合において強力な攻撃手段になると思われるが、米空軍がボーイングに与えたのは双方が価格面で合意する前に作業を進めることで合意した未確定契約行為(UCA/7,500万ドル以上)であり、米空軍がJDAM LRを何発調達するのか、費用がいくらなのか、納入がいつになるのか不明だ。
但し、現在の流れを考慮すると「米空軍が短期間で実用化できそうなJDAM LRに飛びつかない」というのは想像し難く、非ステルス機だけでなくステルス機でもスタンドインによる地上攻撃が難しくなっているため、JDAM LRの射程は非常に魅力的に見えるものの、安価な滑空爆弾と同じカテゴリーの兵器であり、エンジンを搭載したJDAM LRの飛行速度も推定600km/h程度なので、電子戦によって目標への到達を妨害される可能性も低くないため万能薬ではない。
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※アイキャッチ画像の出典:Boeing