【元陸自のホワイトハッカーが警鐘】日本はなぜサイバー攻撃の“カモ”になったのか 中国型AIが爆発的に流通するなか、世界の攻撃者に注目される「日本企業の対策の遅れ」

 一連の不正アクセスに通底する「攻撃者」像を尋ねると、田中氏は「愉快犯や政治犯も、そう見せておいて別のところで真に必要な情報を取る者もいます。また、周辺国の軍事行動に向けた威力偵察もある」と語った。 安全保障上の威力偵察の暗闘については後述するが、不正アクセスがかつてなく続く理由を問うと、田中氏は「条件が重なった」と言葉を継いだ。 その1つに挙げるのは、中国型の「オープンウェイトの無検閲モデル(※注2)」が爆発的に流通し始めたことだ。【※注2/学習済みデータが一般に公開され、不適切な回答や倫理的な回答を拒否する安全フィルター(ガードレール)が強化されていないAIモデル】「ムーンショットAIが7月に発表したKimiK3や、8月にアリババが発売したクエン3.8といった中国の大規模言語モデル(LLM)が、クロードやチャットGPTといった米国のフロンティアモデルの性能の近似値に到達したことが世界に知れ渡りました。無料でダウンロードして動かせる上に、サイバー攻撃にも使えるところも注目された」(田中氏) 中国型の実力を実証する“事件”が起きたことが条件の2つめだ。 米オープンAIによる性能試験が行われていた7月、複数の開発中AIが結託して隔離環境を抜け出し、別の企業のシステムに侵入する暴走事故が発生。チャットGPTは救助できず、中国系の無検閲モデルの力を借りて事なきを得たという。 田中氏は、倫理的に不適切な指令を拒否するAIの安全フィルターのことを「ガードレール」と喩えてこう表現した。「ガードレールがあるチャットGPTが用心棒にならない実態がSNSを通じて拡散され、攻撃意思を持った連中が新しいツールを試すきっかけになったのです」 第3の条件は、攻撃を受ける側である日本社会への認識の変化だと説く。「かねて日本企業の情報は売買の対象ではあったものの、世界の攻撃者の間では注目されていませんでした。そこまで脆弱なはずがないと思われていたのが、近年、内外のメディアで日本のサイバー防御に関心が向けられると、本質的な対策が遅れていることが明らかになってしまった」 KADOKAWAグループへのサイバー攻撃で、ニコニコ動画が完全停止したのが2024年。翌年にはアサヒグループHDやアスクルなどのサプライチェーンも不正アクセスが原因で停止した。政府は昨年、能動的サイバー防御を法制化したが、「多くの企業は教訓を本質的には捉えず、パスワード変更の推奨といった弥縫策止まり」という。 こうして日本は“カモ視”されるに至ったというのが田中氏の見立てだ。 彼が提唱する「攻撃学」の要諦は「防御は常に後手にまわる」という原理を直視することに始まる。例えば10月21日に発覚したプログラム言語「PHP」の脆弱性は記憶に新しいが、攻撃者はこうした穴に常に目を凝らしていると、続ける。「新たに脆弱性が見つかると、NIST(米国立標準技術研究所)が管理番号を発番しますが、攻撃側はここを観察しています。発番された脆弱性を示すコードを元にAIで逆計算し、攻撃用のコードを作れるからです。ゼロデイ攻撃とも言いますが、修正パッチが出るまでの数日間に片っ端から攻撃を試せば、どこかで穴にヒットする。 防御側はパッチの適合を確認するなど準備に時間がかかるのに対し、攻撃側は『やってみるか』と試すだけ。常に攻撃側が有利になるのです」 * * *「次に狙われるのはインフラか」と問うと、田中氏は、「いや、スマホの暗号化です」と即答した──。関連記事では、田中氏が攻撃者の次なる狙いを紐解くとともに、社会のデジタル・AI依存にも警鐘を鳴らす。▼▼▼関連記事▼▼▼【詳しくは…】「スマホ所有者がログインできない状態に」「同時に狙われる銀行」日本を狙うサイバー攻撃の先に何があるのか? 台湾有事を含む近未来の脅威シナリオ【プロフィール】広野真嗣(ひろの・しんじ)/ノンフィクション作家。神戸新聞記者、猪瀬直樹事務所スタッフを経て、フリーに。2017年に『消された信仰』(小学館)で第24回小学館ノンフィクション大賞受賞。近著に『奔流 コロナ「専門家」はなぜ消されたのか』(講談社)。

※週刊ポスト2026年11月20日号

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