MLB:大谷翔平、信頼を築く凡事徹底の奥深さ

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四球だけでこれだけ評価されるケースも珍しいが、そこでの姿勢が問われるのは、そういう機会が度々ある大谷翔平(ドジャース)ならでは、か。

7日のナショナルズ戦。2点を追う九回、2死三塁という場面で大谷が打席に入った。そこまで、本塁打、三塁打、シングルヒットを記録し、あと二塁打でサイクル安打達成か、という状況である。敵地ながら、客席には多くのドジャースファン。記録を期待して、盛んに声援が飛んだ。

決して狙えるような展開ではない。ただ、大谷が二塁打を打てば、1点差となってさらに得点圏でムーキー・ベッツを打席に迎える。サイクル達成なら、がぜんチームは勢いづく。その意味では狙ってもよかったが、大谷は一度もバットを振らず、四球を選んだ。

結局は、続くベッツが二塁ゴロに倒れて、ドジャースは連敗を喫したのだが、試合後、デーブ・ロバーツ監督は、大谷に話が及ぶと、ことのほか上機嫌だった。「最後の打席、翔平はサイクルを狙うのではなく、きっちりフィニガン(相手クローザー)から四球を選んだ。やはり彼は、チームプレーヤーだ」

さらに、こう理由を説明した。「無理に狙えば、ボール球を追いかけてしまうから」。大谷自身も「まずは塁に出ること(を考えた)。最後の打席はいい打席だった」と納得の表情を浮かべた。

確かに試合には負けた。しかし大谷は、サイクルを狙える場面でさえ、慎重にボールを選んだ。多くの選手にとっては、数年に1回あるかどうか、というチャンス。大谷でも過去に達成したのは1回だけ。ただ、そんな状況でも、勝つために何を優先すべきかを背中で示し、長い目で見れば、チーム全体に好影響を与えたのではないか。また、大谷の選手としての評価にもつながるケースとなった。

あそこでボール球を振って三振に倒れていたら、大谷は多くのものを失ったはず。自分勝手な選手だと。評価は、小さなことの積み重ね。それを失うのは一瞬なのである。

話は変わるが、去年の春のこと。大谷が盗塁のスタートを切ると、打席のフレディ・フリーマンはバットを止めた。しっかり、見逃したのだ。

試合が終わってからフリーマンに聞くと、「当たり前のこと」とだけ話した。それ以上、自分のことを評価するのは憚(はばか)られたようだが、「それよりもきょうの試合で特筆すべきは」と口火をきり、「翔平が一塁からタッチアップしたプレーだ」と続けた。

以前も紹介したが、無死一、三塁の場面で、フリーマンがレフトに打ち上げた。三塁走者のベッツはタッチアップで生還。このとき一塁走者は一、二塁間で様子をうかがうのがセオリーだが、大谷もタッチアップをして、二塁を陥れた。

「あれは目立たないし、あまりみんな話題にしないかもしれないけど、素晴らしいプレーだった。シーズンが始まったら、ああいうプレーが、勝利を導く要因になりうる」

なるほど、大谷とはこういう選手なのか――。あのプレーでドジャースの選手らは、移籍してきた彼がどんな選手なのか理解し、受け入れた。

今回、サイクル安打が狙える場面で選んだ四球にも、通じるものがある。ファンダメンタル(基本的なこと)と簡単に表現されることが多いが、もっと奥深い。その時は得点につながらなくても、あるいは勝ちにつながらなくても、シーズン通して見ればプラスに働く。昨年の優勝が一つの答え。

そんなドジャースでも、翌8日の試合では、チーム全体で15三振を喫した。大谷も2三振。これにはロバーツ監督が、「みんな、チームプレーを忘れている」と苦言を呈した。チームは連敗中で「俺が」「自分が」と、肩に力が入りすぎていると映ったよう。

ただ、すぐに軌道修正。翌9日の試合では初回、大谷の右前打を足掛かりとして4点をリード。打線がつながった。その試合では投手陣が踏ん張れず、一旦は逆転を許すのだが、七回に勝ち越し。同点とした直後、大谷が二塁ゴロで全力疾走。内野安打をマークした後、すかさず二盗を決め、その後決勝のホームを踏んだ。

「あの走塁が、勢いをもたらしてくれた」とはロバーツ監督。「ここ数試合、オフェンスに波があったが、翔平はずっと安定している。彼の打席は質が高い」

実は、4日の試合で大谷は盗塁を失敗している。3点ビハインドの八回2死一、三塁という場面。打席にはベッツ。ここで一塁走者の大谷がスタートを切り、アウトとなった。

ロバーツ監督は試合後、「絶対にセーフになる確信がなければ、走ってはいけない場面」と厳しい表情だった。セーフになっても、そのメリットはあまりない。点差は3点なのである。相手捕手のJ.T.リアルミュート(フィリーズ)も、「走ってくるとは思わなかった」と驚くほど。

一方で、9日の二盗はリスクを犯してでも走る価値のある場面。失敗の記憶がよぎったかもしれないが、迷いはなかった。そして、疑われた判断を皆の記憶から消去するのにも十分だった。

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