批判された兵庫県知事選報道 2人のジャーナリストが抱いた違和感と新聞に課した役割
SNS(交流サイト)が大きな影響を与えたとされる昨年11月の兵庫県知事選。SNS上では選挙戦直前から、告発者の元西播磨県民局長のプライバシー情報に大きな注目が集まった。新聞やテレビなどは「オールドメディア」と呼ばれ、「真実を隠していた」との批判が高まった。メディアの在り方について、ジャーナリストの池上彰さんと江川紹子さんに聞いた。
池上さんは知事選で見られたメディア不信について、ワイドショーを中心にした選挙前の報道が背景にあったと指摘。知事が視察先でワインをもらって帰ったことを「おねだり」と報じられた事例などを取り上げ、「全て知事が悪いかのような報道は違和感があった」とメディア側の過熱報道を批判した。
一方で、「メディアは裏付け確認が取れた事実しか報じられない。そのことが多くの人に知られていない」と、読者とメディアとのコミュニケーション不足についても言及した。
対して、江川さんは「新聞は基本メディアだ」とその重要性を強調。SNS上などで虚偽情報が氾濫する時代こそ、事実かどうかをチェックする新聞の役割が重要になってくると語る。
元県民局長の私的情報とされる内容をメディアが報じなかったことに対しては2人とも「告発文書の真偽と私的情報には関係がない。メディアは報じなかった理由を正直にもっと発信していった方がいい」と助言した。
その上で、これからの選挙報道では、誤情報を検証する「ファクトチェック」を積極的に実施するよう主張。池上さんは「あらゆる報道は偏向している。批判に気を取られ過ぎてはいけない」と述べ、江川さんは「新聞社の強みは事実を示して読者に考える材料を与えること。強みを最大限に生かすには、どうしたらいいのかということを議論すべき」とエールを送った。(前川茂之)
■県民局長のプライベート情報、報じなかった三つの理由
私たちはこれまで、亡くなった元西播磨県民局長のプライベート情報の内容を報じていない。なぜ報じないのか。幾度となく読者や有権者、そして同僚からも聞かれてきた。
理由は大きく三つある。一つ目として最も重視したのが、告発者の人格と告発内容の真偽は無関係ということだ。今回の告発問題では、そもそも告発文にある内容が本当かどうかが問われている。元県民局長の私的な事情は切り離し、慎重に取り扱うべきと考えた。
二つ目は、元県民局長の私的情報を県当局が収集したという経緯に、違法性の疑いが拭えないからだ。公益通報者保護法では通報者の探索を禁じている。しかし、県当局は文書を把握した直後から職員のメールを解析し、元県民局長のパソコンを押収した。私的情報はその中から見つかったとされており、「違法収集証拠」の可能性がある。
三つ目は、私的情報そのものの真実性だ。今も元県民局長の人格を否定する言葉とともにネット上に拡散されているが、取材ではこれらの情報が事実かどうか裏付けが取れていない。
ましてや政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志氏が、選挙ポスターや動画投稿サイトで「自殺の真相」として取り上げた一部情報については、後に立花氏本人が「勢いで言ってしまった」と釈明している。捜査関係者に確認しても自死の理由は不明のままだ。
最後に告発文書の内容についても触れたい。元県民局長は、ほぼ同じ内容の文書を県内部の公益通報窓口に通報している。県はこれを受理し、知事を含む幹部のハラスメント研修を導入するなど是正措置を取っている。ほぼ同じ内容の文書を「誹謗中傷性が高い」と懲戒処分の理由にしながら、もう一方では「公益性があった」と判断する矛盾が生じている。
私的情報を「報じない」という選択が間違っていたとは思わない。だが、選挙期間中、「情報が氾濫していて何が真実か分からない」という有権者の戸惑いを何度も聞いた。池上彰さん、江川紹子さんが示したのは「報じない」理由を正直に説明する道だった。新聞社は今、読者との向き合い方を改めて問われていると痛感している。(県庁担当・前川茂之)
【兵庫県の告発文書問題】県西播磨県民局長だった男性が昨春、斎藤元彦知事のパワハラ疑惑などの告発文書を関係者らに送付。県にも公益通報したが、県は公益通報者保護法の対象外と判断し、男性を懲戒処分とした。県の対応が適切かを調べるため県議会は昨年6月、調査特別委員会(百条委員会)を設置。男性も証言予定だったが同7月に死亡した。同9月に県議会の不信任決議を受けて斎藤知事は自動失職し、同11月の知事選に立候補した。同時に、政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首が斎藤氏の支援を公言して立候補し、男性の私生活に問題があったなどとする情報を「メディアが隠す真実」としてネット上で発信した。
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