ウクライナが覆した戦争の常識「国家間戦争の終焉」は間違いだった…小泉悠が語る『現代戦争論』(クーリエ・ジャポン)

──現代の戦争においては、米テック企業のパランティア社をはじめとする軍用AIが果たす役割が非常に大きくなっています。そのような実感はありますか。 小泉 パランティアの経営陣による近著『テクノロジカル・リパブリック』を読みましたが、非常に面白い内容でした。本書は冒頭から「テック企業は愛国心が足りず、国家への貢献を怠っている」というテクノ右派的な世界観が語られており、同社の共同設立者でありCEOのアレックス・カープが「パランティアは徹底的に国家へ貢献する」と宣言しています。実際にパランティアは米軍のシステム構築へ積極的に携わっており、ウクライナ軍に対しても無償でシステムを提供するなど、多大な支援を続けています。 彼らのこの背景には、「米国の対ウクライナ戦略に奉仕する」というイデオロギー的な側面もあると同時に、21世紀では非常にまれな「巨大な国家の正規軍同士による直接衝突」という実戦データを得られる、絶好の機会でもあるからです。これはデータ産業であるパランティアにとって、非常に価値が高いのだろうと考えます。 ウクライナもこの価値を強力な交渉カードとして理解しています。「これほど貴重な実戦データを持つのは世界でウクライナとロシアだけだ。ロシアと組めない以上、パートナーは我々しかいないだろう」と、米国政府や軍事テック企業に対して巧みな外交を展開しています。 パランティアがウクライナに対して提供しているサービスを一言で言うならば「指揮統制システム全体のクラウド化」です。傍から見ていると、敵部隊と味方の部隊の場所をそれぞれ特定し、どの辺りならば攻撃できそうか、それがおそらくはクラウド化されているのだと思います。 昔の軍隊で言えば戦争映画で見られるように、最前線の歩兵が地面を這いながら敵を見つけ、後ろの砲兵に電話や無線で「座標はここだ、攻撃してくれ」と伝える泥臭いスタイルでした。しかし、この方法では全体像がつかめません。もしかしたら近くで味方の戦闘機が飛んでいたり、より最適な攻撃手段を持つ別の部隊がすぐそばで待機していても、それらとリンクすることができません。 おそらくパランティアのシステムは、こうした前線のあらゆる情報を一度すべてクラウドに吸い上げ、戦況の全体像を俯瞰したうえで「あの標的を叩くにはどの部隊のどの兵器を使うのが最も効率的か」という最適解をクラウド上で自動決定できるのでしょう。 最終的な攻撃の決断自体は人間の指揮官がおこないますが、そこに至る複数あるプランの選択肢や「この部隊の投入が最も効果的です」といった精緻な推奨案は、すべてAIが一瞬で提示してくる。こうしたことができるのだと思います。 ──ほかにもそのようなシステムはあるのですか。 小泉 ロシアは、この戦争のなかで「スヴォド」と呼ばれるシステムを開発したと言われています。これについてはまだ正体があまりよくわかっていませんが、基盤にあるのは部隊間をつなぐ戦場ネットワークだろうと考えられています。 軍隊同士はすべてネットワークでつながっています。そうでなければ、昔の戦争映画に出てくるように「もしもし」と無線でやり取りするしかありません。しかし、現代の軍隊では、そうした原始的な方法はあまり使われておらず、ネットワークを通じたデータ通信が主流になっています。 当然、民間の通信インフラを使うわけにはいきませんし、戦場では電波状況も決して良くありません。そうした環境でも確実につながるネットワークを構築するため、1990年代頃から各国で試行錯誤を重ねてきました。ロシアも一度開発に取り組んだものの、あまりうまくいかなかったと言われています。 おそらくロシアはパランティアほど高度なシステムは構築できていません。現在のスヴォドはネットワークをつなぐ段階にとどまっており、全体の情報を一度クラウド上に集約し、AIが最適解を導き出して全体を統括するところまでは至っていないと見られています。 ただし、AI自体は活用されています。たとえば、ドローン一機一機に何らかのAIが搭載され、簡単な意思決定であればオペレーターを介さず自律的におこなえるようになっているのではないかと見られています。 ほかにも、砲兵が砲撃をおこなう際に最適な配置や運用を決定する場面など、個別の局面では間違いなくAIが使われています。一方で、そうした個々のAIを統合し、戦場全体を俯瞰して指揮・運用するレベルまでAIを活用しているのは、おそらく現時点ではウクライナ軍とパランティアの連携だけではないでしょうか。

クーリエ・ジャポン
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