トウモロコシ畑の地下に塹壕「どうぞ中に入って」 ドローン発達、ウクライナで消えた前線 変わる戦争 ウクライナ侵略3年半
ウクライナ東部ドネツク州の中心都市クラマトルスクから、ロシア軍との最激戦地ポクロウシク方面へと車を走らせた。平原の中の街道を走ること2時間強。道案内をしてくれたウクライナ軍将校の指示で街道を外れ、背の高いトウモロコシの畑が広がる場所で車を止めた。
「20キロ離れても危険」
トウモロコシ畑の中の小道を少し歩くと、厳重にカムフラージュを施した地下塹壕への入り口があった。
「どうぞ、中に入って」。開口部からわずかに日光が入るだけの薄暗い塹壕内。狭い通路に簡易ベッドが並べられ、そこに腰かけた兵士らがスマートフォンの画面に見入って休息をとっていた。
「ここは歩兵が一対一で戦闘に当たっている最前線から約20キロ離れている。それでも決して安全ではない」と兵士のゴリウッド(28)=部隊内呼称=が説明した。記者が訪れた日中は平穏だったが、夜になると露軍の偵察ドローン(無人機)や攻撃ドローンが上空を活発に行き交うのだという。露側でもウクライナ側でも、ドローンの航続距離が大幅に伸び、前線の概念も根本的に変わった。
「ドローンには発砲するな」
「ドローンに対しては、よほどの脅威がない限り、戦火を開かないことになっている」とゴリウッドは語った。「発砲すれば、われわれの居場所を教えることになってしまう。陣地(塹壕)を設けるのに好都合な(敵に見つかりにくい)場所はすでに使われており、新しい所を探して陣地を造ろうと思ったら大変なんだ」
ロシア軍が優勢な地域塹壕には8人の兵士が駐留し、ポクロウシク方面の戦闘に携わっている。ポクロウシクはドネツク州の交通の結節点を成している重要都市だ。露軍がここを制圧すると州内の他都市への攻撃が容易になってしまうため、ウクライナ軍は必死の防衛を続けている。
ゴリウッドは戦車の配置・指揮を担当している。出動命令が下ると、まず安全を確認し、戦車や装甲車が隠されている別の場所に民生車両で移動する。それからポクロウシクに向かうのだが、ドローンによる敵の偵察と攻撃が激しいため、「以前なら15分で行けたような距離を進むのに、今はよくて2~3時間かかる」という。
「露軍の攪乱(かくらん)要員がポクロウシクの一部に入り込んでいるが、まだ本格的な市街戦という状況ではない」と、取材に応じた17日時点の戦況を説明した。
オートバイで突撃、ロシア兵の脅威
昨年秋以降の露軍の突撃行動には特徴がある。ウクライナ軍のドローンの目を逃れるように、数人がオートバイで平原を疾走し、防衛線の突破を図るのだ。神出鬼没で、数台のオートバイが現れては猛スピードで前進してくるのだという。
オートバイは戦車や歩兵戦闘車といった大型の装甲兵器に比べ、ドローンに見つかりにくい。オートバイ相手だと大砲による砲撃も容易でない。人命をいとわない露軍ならではの新戦術だが、これが一定の効果を上げている。
数十キロの「破壊ゾーン」
「もはや(戦車や装甲車の)大部隊による攻撃は不可能になった。(ドローンの)格好の標的になるだけだからだ。戦争のやり方に革命が起きている」
ウクライナ東部ドネツク州内の塹壕で取材に応じるウクライナ軍兵士=8月17日(遠藤良介撮影)ドローンを担当した経験を持つ兵士、ブラド(41)=同=は塹壕内の取材で語った。「攻撃可能な『破壊ゾーン』が今は数十キロにまで広がっており、武器・弾薬庫や戦車の配置場所も後退させざるを得なくなっている」
ドローン(無人機)はウクライナ軍とロシア軍の双方が多用している。この領域では総じてウクライナが先行していたが、ロシアも急速に追い上げた。
ロシアは当初、イランが開発した長距離攻撃ドローン「シャヘド」を輸入していたが、間もなく改良型の国内量産に乗り出した。ロシアはまた、電波妨害の影響を受けないよう、光ファイバーケーブルで操縦者とつないだ有線ドローンを実用化させ、ウクライナ軍を悩ませている。最近はウクライナ軍も有線ドローンの実用化に成功し、戦線に投入しているという。
徴兵に限界、頼みはドローン
双方がしのぎを削っているドローン分野だが、それは特に、人口規模がロシアの3分の1に満たないウクライナにとって重要だ。
露軍はウクライナ軍よりはるかに多い死傷者を出しつつも、今のところ、人的資源の限界は見えていない。これに対し、ウクライナ軍では前線の疲れが深まっており、「徴兵による兵員確保もあまり順調に進んでいない」(関係者)という。
ドローンなど無人兵器の活用がウクライナ軍による抗戦の鍵を握っており、現にドローンのおかげで露軍を食い止められている側面がある。
世界初「地上無人車」大隊も
ウクライナ軍では7月、ドローンを運用する第20独立連隊の中に、世界初だという地上ドローン(無人車)専門の大隊も設けられた。
ウクライナ東部ドネツク州内の林に置かれたウクライナ軍の地上ドローン(無人車)=8月16日(遠藤良介撮影)地上ドローンを使って前線部隊に物資を届けたり、前線から負傷者を救出したりすることが専門大隊の基本任務だ。以前なら多数の兵士が大きな危険を冒していた任務だが、地上ドローンなら操縦者は比較的安全な場所に身を置くことができる。
ドネツク州内で取材に応じた専門大隊の兵士、チポリノ=部隊内呼称=は「兵士の損失を最小限に抑えることがわれわれの基本思想だ」と語った。
いくつかの地上ドローンを見せてもらった。その一つ「ラテルM」は、大きな四輪の上に縦横それぞれ1メートル以上の荷台を載せた形状で、カメラや敵ドローンに対する電波妨害装置も取り付けられている。
衛星インターネットと無線で操縦者と通信する仕組みになっており、最長走行距離は10キロ。200キログラム以上を積載でき、別の台車を牽引(けんいん)する使い方もできるという。
チポリノもまた、無人機の浸透による戦場の大きな変化を力説した。「以前は無人機の飛行範囲が数キロだったが、今は25キロでも40キロでも平気で飛ぶ。最前線から10キロのところまで(人の部隊が)前進できれば大成功という状況だ。前線というものが消え、大きなグレーゾーンと化している」
(ウクライナ東部ドネツク州 遠藤良介)
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24日でロシアによるウクライナ全面侵攻から3年半。米露首脳らの発言だけでは見えてこない、この戦争の深層を報告する。(随時掲載)