世界の至宝を脅かす乾燥に強いカビ 対策が裏目に
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近年、博物館や美術館の収蔵庫、修道院の文書庫、地下の納骨堂や大聖堂で、不穏な事態が浮かび上がってきた。長年「カビ被害が起きない安全圏」と考えられてきた低湿度環境で繁殖する種類のカビが存在するのだ。
そのカビは「好乾性真菌」と呼ばれ、火山のカルデラや灼熱の砂漠のような乾燥した過酷な環境でも生き延びることができる。そして世界中の学芸員にとって残念なことに、文化遺産に好んで棲み着くようになってしまったらしい。
好乾性真菌は、布製のキャンバスや木製家具、タペストリーまで、博物館に豊富に存在する有機物を蝕んでいる。また大理石の彫像やステンドグラスの窓の表面でも、積もった塵に含まれる微量の栄養素を糧にして生き延びることができる。
このカビによる被害は増え続けている。トリノにあるレオナルド・ダ・ヴィンチの最も有名な自画像には、あざのようなシミが現れた。ルクソールにあるツタンカーメン王の埋葬室の壁には茶色の斑点が広がり、キーウの11世紀フレスコ画に描かれた聖人の顔にはあばたのような痕が刻まれている。
欧州最古の公共図書館であり世界有数の古書のコレクションを誇るアンジェリカ図書館を含むイタリアの6つの図書館でも、古文書や書物に白い斑点が生じていることが確認された。
イタリア学術会議の菌類学者ピンザリ(Flavia Pinzari)によると、このカビは好乾性真菌の一種、アスペルギルス・ハロフィリクスだ。胞子が着地すると菌糸と呼ばれる探索用の触手を伸ばし、栄養分を求めてひび割れや壁の隙間を縫うように進む。
菌が探しているのは水だが、見つからない場合は、代わりに塩の結晶を使うこともできる。塩の結晶は空気中の水分を極めて効率よく吸収する。アスペルギルス・ハロフィリクスは環境から塩分を集め、これを塩分豊富な細胞外ポリマー(菌糸を覆うゼリー状の物質)として再分泌する。このポリマーがカビ組織の乾燥を防ぎ、自身の周囲に湿った空気層を作っているのだろうと考えられている。
これらの施設では適切な空調管理が行われていた。共通する唯一の要因は、各施設が使っていた移動式の書架システムだった。省スペースで気密性が高く、収蔵品をほこりやカビ胞子の侵入から保護する。空気の流れがないためカビが作り出した微小環境が壊れることがなく、カビは周囲の状況を自分らに都合よく変えていくことができた。
ピンザリは、文化財を保護しようと努力した結果「このようなカビが繁殖するのに最適な条件」を偶然作り出してしまったと指摘する。「保存のためのルールは、この種のカビをまるで想定していなかった」。
好乾性菌類は美術館や博物館だけでなく、人間が不自然なほどの無菌状態を保とうとしている場所、例えばベルギーのチョコレート工場からイタリアの食肉加工施設まで、多くの食品生産施設に入り込んでいる。
2024年には、複数の美術館でのカビ汚染に関わっていた乾性菌のアスペルギルス・フラバスが、デンマーク最大の病院でも発生していたことがわかった。数人の小児がん患者が感染し、11歳の少年を含む複数の死亡例につながった。
カビを不名誉とする意識はいまだ強い。この記事のためにオフレコを条件とせずに取材に応じてくれた機関は皆無だった。「恥を捨て去ることが、こうしたカビについて理解する唯一の方法だ」とピンザリは言う。
(科学ジャーナリスト Elizabeth Anne Brown)
詳細は5月25日発売の日経サイエンス2026年7月号に掲載
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