認知症の発症リスクが20%減になる最新研究も…65歳以上の人は"半額"で受けられる"予防接種の種類" 日本人成人の9割が体内にウイルスをかかえている

認知症リスクが“ワクチン接種で20%減少”するという最新研究が話題に。医療ジャーナリスト木原洋美さんが注目のワクチンと認知症予防の最新事情を取材した――。

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日本人が一番なりたくない病気は「認知症」だという。複数の調査で、2位の「がん」を抑えてトップに君臨している。たとえば日本認知症予防学会と食から認知機能について考える会が共同で行った調査では、一般では48%、医療従事者では35%がそう回答していた(2020年9月14日発表)。

そんな認知症になる確率を、なんと「帯状疱疹ワクチン」を接種することで20%も減らすことができるらしい……というスタンフォード大学のレポートが、4月2日に科学誌『ネイチャー』に掲載されて、大きな話題になっている。

まずは帯状疱疹について説明しよう。

帯状疱疹は、水疱瘡のウイルス(水痘帯状疱疹ウイルス)が原因で引き起こされる皮膚病だ。主に子供時代に水ぼうそう(水痘)にかかった人の体内(神経節)に潜伏していた水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)が、加齢や疲労、ストレスなどによる免疫低下を引き金に活動を再開することで発症する。

横浜市立大学附属市民総合医療センター・ペインクリニック内科の北原雅樹氏(写真=本人提供)

国立感染症研究所のデータによれば、成人の約9割がVZVに既感染で、帯状疱疹の発症リスクを抱えているとされおり、発症率は50歳代から高くなって、80歳までに約3人に1人が発症する。

「中高年の病気と思われがちですが、実はストレスの関係で、日本では20歳代に小さなピークがあります。自分は若いからと安心してはいけない」

そう釘を刺すのは、慢性痛医療の名医・横浜市立大学附属市民総合医療センター・ペインクリニック内科部長/診療教授の北原雅樹氏だ。

帯状疱疹で「様子見」は禁物

なにせ帯状疱疹は、症状を本格化させるとものすごく痛い。症状には個人差があるが、多くは皮膚に生じる神経痛のような痛みから始まる。

と言っても皮膚の違和感やかゆみ、しびれとして感じる程度から、ピリピリ、ズキズキ、チクチク、針で刺されたような痛みや、焼けるような痛みまで、その種類は一口では言い表せないほど多彩だ。

その後は、水ぶくれを伴う赤い発疹が帯状にあらわれ、痛みは次第に強度を増し、眠れないほど痛むこともある。強い痛みや皮膚の症状は、主に体の左右のどちらかにみられるのが帯状疱疹の特徴で、3~4週間ほど続く。

筆者が知る、ある総合診療科の名医は、自分が帯状疱疹になった際、「患者さんの痛みを体感してみよう」と抗ウイルス薬を内服せずに様子を見てみた結果、あまりの激痛に「心底後悔した」と言っていた。

「発症したら24時間以内、遅くとも72時間以内に抗ウイルス薬を内服もしくは注射することが大切です。最大の効果を得るには、できるだけ早く治療を始めることです」(北原氏)


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日本国内で受けられるワクチンは、接種が1回ですむ「生ワクチン」と、2回接種が必要な「組換えワクチン」の2種類が承認されている。

全額自己負担の任意接種では、原則50歳以上の人が対象になっており、免疫不全などの発症リスクが高い人は18歳以上なら接種できる。自治体によっては、任意接種の費用を一部助成してもらえる。

しかし、「生ワクチン」と「組換えワクチン」のどちらを選ぶかは悩ましい。“一部公費負担”とはいえ、「定期予防接種といえば無料」と思って生きてきた人は少なくないだろう。それが、高い方(組換えワクチン)を選んだ場合には2万円もかかる。月額6万円程度の年金しか受け取っていない人にとっては高値の花になりかねない、健康格差を生じさせる価格設定だ。

※ただし、以下のいずれかに該当する場合は無料 生活保護世帯、市民税非課税世帯、中国残留邦人等支援給付制度受給者

受けない選択肢もある

両者のメリット/デメリットは次の通りだ。

(助成の内容は自治体によって異なるので、自分の居住する自治体の情報を確認してほしい。)

◎生ワクチン(ビケン) メリット: ・1回接種で終了 ・費用が安い 4000円 (任意接種の場合:8000円) ・皮下注射で、組換えワクチンと比べて、副反応が軽い デメリット: ・組換えワクチンに比べて予防効果が劣る、効果の持続期間が短い (5年で4割の予防効果)

・免疫抑制剤を使用している人は使用できない

◎組換えワクチン(シングリックス) メリット: ・予防効果が高く、効果の持続期間が長い (5年で9割、10年でも7割の予防効果) デメリット: ・2回接種が必要 ・費用が高い 10000円×2=20000円 (任意接種の場合:20000円×2=40000円) ・筋肉注射で、生ワクチンに比べて、副反応がやや強い (発熱、倦怠感、接種部の腫れや痛み)

・免疫抑制剤を使用していても使用できる

予防効果重視、費用なんか関係ないという人は、半額で受けられるこの機会に、組換えワクチン(シングリックス)を選ぶようお勧めする。

ちなみに北原氏は数年前、まだ組換えワクチンがなかった時期に生ワクチンを接種済だが、次に受けるべきタイミングが到来したら「ぜひ、組換えワクチンを接種したい」と言っている。

一方、費用は抑えたいが、帯状疱疹にかかるのは怖いという人は、効果や持続期間は劣るものの、仮に発症しても軽症で済む可能性が高い生ワクチンを、5年毎に接種するという選択肢もある。

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帯状疱疹には、「ラムゼイハント症候群」と呼ばれる超痛そうなバリエーションもある。前横浜市長の林文子氏もかかった病気だ。

「左耳に突然、鉛筆を刺されたような痛さがあった」――林氏は、激痛で約一カ月間入院した後の復帰記者会見で、そう述べている。

主な症状は顔面神経麻痺、耳の帯状疱疹、聴神経症状(めまい、難聴など)。これらの症状は2~3日の間に順次、出現していく。

帯状疱疹の年間発症率は人口10万人当たり300~500人。そのうち4分の1は三叉神経領域、つまり顔に生ずると言われているが、ラムゼイハント症候群になるのは帯状疱疹患者の約1%、10万人あたり年間5人程度しかいない。三叉神経領域の帯状疱疹とラムゼイハント症候群が合併した林氏の例は非常に稀なものではあった。

ただ、ラムゼイハント症候群には、カナダ出身の人気歌手、ジャスティン・ビーバー氏や音楽家の葉加瀬太郎氏も罹患している。年齢、性別に関係なく、誰でもなり得る病気であることは否定できない。

帯状疱疹の受診先は皮膚科だが、ラムゼイハント症候群の場合は耳鼻咽喉科へ。また、頻度は少ないが、眼球が罹患すると角膜潰瘍などを起こして視力低下や失明にいたることもあるので、顔面(眼周囲)に罹患した場合には眼科の受診も必須だ。

加えて、帯状疱疹には、帯状疱疹後神経痛というやっかいな後遺症もある。文字通り、帯状疱疹が治った後に残る神経痛だ。普通、帯状疱疹の痛みは水疱(みずぶくれ)が消えると同時に消失するものだが、一度損傷した神経が修復されるには時間がかかる。

「何がやっかいって、痛みが激しい上に、治療が非常に難しい。普通の痛み止めは効かないので、医療用麻薬を使ったりしますが、それでも十分な鎮痛効果がえられないことも多い。」

帯状疱疹後神経痛になりやすいのは、高齢者、帯状疱疹の症状をこじらせてしまった人、免疫機能が低下する疾患を持っている人など。

生命が危うくなることはないとしても、ほぼ生涯、痛みと縁が切れることはない。

写真=CDC Public Health Image Library (PHIL)

水痘・帯状疱疹ウイルスの電子顕微鏡写真

「生」にすべきか「組換え」にすべきか

2025年4月1日から、帯状疱疹は定期接種(B類疾病)の対象疾患に位置づけられた。

これにより、2025年度に65歳を迎える人や、2025年度に60歳以上64歳以下で、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)による免疫機能の障害で日常生活がほとんど不可能な人は(身体障害者手帳1級所持または同程度)一部公費負担で予防接種を受けることができるようになった。

また、すでに65歳を超えている人も定期接種の機会が得られるよう、25~29年度は66歳以上も対象となる。ただし、希望者が殺到してワクチン供給が不安定になるのを避けるため、29年度まで毎年度、65歳、70歳、75歳、80歳、85歳、90歳、95歳、100歳になる人だけが対象で、101歳以上の人は、25年度に限って対象とし、26年度以降は対象から外れる。


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もちろん、「受けない」という選択肢だってある。かかるのは3人に1人の割合だから、逆に言えば3人に2人はかからない。ただ心配なのは、早期に治療を開始しても、必ずしも重症化を防げるとは限らないことだ。患者の体調もあるし、発疹がひどくなって気が付いたのは今日だとしても、実は3日前から多少の発疹は出ていた……などという場合もあるからだ。実際、痛みは、発疹の発症に数週間以上先行する場合も報告されている。

「1カ月前から妙に右臀部を痛がり、医師が診察しても原因不明だったが、やがて発疹が現れて、帯状疱疹だったという症例もあります」

写真=iStock.com/AJ_Watt

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認知症予防のコスパは高い

だが、この「受けない」という選択肢に「待った!」をかける情報が出てきてしまった。「帯状疱疹ワクチンを接種することで、日本人が一番なりたくない病気=認知症の発症を20%も減らすことができるらしい……」というスタンフォード大学のレポートだ。

もう少し詳しく説明しよう。

大規模研究が実施されたのは英国ウェールズ。28万2,541人の住民を対象にワクチンを接種した人と接種しなかった人の新規に認知症と診断された人の数を比較した結果、「帯状疱疹ワクチンの接種により、7年間の追跡期間内に新たに認知症と診断される確率が約20%減少することが判明した。この効果は男性よりも女性で大きかった」というのだ。

ここでまた悩んでしまう。20%という数字は大きいのか、大したことないのか。

判断の参考になるのは、日本のエーザイ社と米国のバイオジェン社が開発した認知症治療薬「レカネマブ」だ。同薬2023年12月、「アルツハイマー病による軽度認知障害、および軽度の認知症の進行抑制」の効能・効果で保険適用となった。認知症関連の新薬登場は20年ぶり。

非常に喜ばしいことではあるが、その効果は正直なところ微妙だ。慶應義塾大学医学部特任教授の伊東大介氏は著書『認知症医療革命』(扶桑社新書)の中で、「レカネマブの治験で示されたのは、18カ月(1年半)の投与で日常生活の質を評価する指標「CDR」の低下が27%抑制されるというもの。これによって健康な生活が0.91年延び、病の進行は約5カ月遅らせることができる」と解説している。

気になる値段は「保険適用で3割の人の場合は年間約90万円」とだいぶ高額で、1年半の投与なら135万円になる。

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