ラウールほど美しく画面に収まる俳優はいない “泥中の蓮”そのものの『愛の、がっこう。』

 フジテレビ系で放送中のドラマ『愛の、がっこう。』は、決して過度にセンチメンタルに作られてはおらず、井上由美子の脚本はむしろ冷徹かつ内省的でさえあるが、視聴者の感情を激しく揺さぶってやまない。主演のふたり、木村文乃とラウール(Snow Man)の演技がなんと言ってもすばらしい。特にラウールにとって、新宿歌舞伎町のホスト・カヲル役は俳優キャリアを大きく変えるものとなった。

 私はちょうど1年前、当サイトにラウールへのオマージュを寄稿した(ラウールは日本映画の閉塞性を打破するメルクマールになる 若きカリスマが放つもの)。そこではラウールの2本の主演映画『ハニーレモンソーダ』(2021年)、『赤羽骨子のボディガード』(2024年)に対して「物足りなさを感じている」と書き、さらに「生身の人間としての手応えはあまり感じられない」、「ラウールがこれから歩むべき道は、もっと別なところにあるように思えてならない」と率直に注文をつけた。にもかかわらず、拙稿に対してファンの方々からは苦情や反論は皆無であるばかりか、温かい感想をたくさんいただいた。ラウールは本当にすばらしいファンダムに囲まれているのだなと思い知った。

「ラウール」という男子名は世界的な見地から量るなら、一にも二にもラウール・ゴンサレス・ブランコのことを指す。元スペイン代表のフッ…

 拙稿の中で私は次のようにも書いて、それを結論とした。「身長192センチという恵まれた身体能力を使って、生身の人間を、その人の生活を、その人の愛を、喜びを、苦悩を、日常に溶け込む姿を、画面という画面に刻み込んでほしい。そして、ラウールという特別な存在を、リアリズム映画の登場人物として難なく使いこなしてしまう映画監督が登場してほしい」と。手前味噌な話で恐縮であるが、『愛の、がっこう。』の製作者たちは拙稿を読んでくださったのではないか、などと他愛ない邪推をしてしまうほどだ。売れっ子ホストのカヲル、本名・鷹森大雅という役はまさしく「恵まれた身体能力を使って、生身の人間を、その人の生活を、その人の愛を、喜びを、苦悩を、日常に溶け込む姿を、画面という画面に刻み込んで」いるのである。

 ホストクラブでダンスに勢い余って転倒するラウール。「第二百人町ビル」の屋上に冗談めかして現れるラウール。女子高校の校門の鉄格子を鷲摑みして「先生と俺のあいだには、高っけえ壁があんのよ」と訴えるラウール。三浦海岸の砂浜で少しスキップ気味に、砂に棒切れで「先生げんきでな」と書くラウール。顔のアップから全身ショットへ。あらゆるサイズのショットがこれほどまでに美しく画面に収まる俳優はどこを探してもいない。

 本原稿執筆時点で第8話まで放送済みだが、中でも「第6話:二人だけの遠足」がカヲルの珠玉のセリフがちりばめられた最も感動的な回であった。西谷弘の演出も精彩を放っていた。カヲルは生まれつきディスレクシア(dyslexia=識字障がい)を持つ青年として描かれる。この障がいのために親にネグレクトされ、小学校も中学校もほとんど登校できなかったカヲルに、愛実(木村文乃)が「学校、行きたかった?」と訊ねる。するとカヲルの答え――。

「学校行きたかったか?って訊かれたこと、1回もなかった」

 この答えには、貴方だけが自分の孤独を理解したのだという訴えが込められている。カヲルの人生はこれまで、当たり前のことが当たり前ではなかったのである。そしてその質問は愛実自身の欠落と失調をも照射しているだろう。カヲルと愛実は、欠落と失調がことごとく同期することによって、たがいに惹かれていく。三浦海岸でのデートは、教師とホストという元来は接点のあるはずもないふたりにとって、この日を最後と別離を覚悟して決行された。

「遠足って、夜までないよな」 「普通はね」

 遠足に夜はない、と言いながらも、彼らは精神の夜を見つめている。陽の当たる道から逸脱したことの苦悩と甘美さの両方を噛みしめている。They live by night.(彼らは夜に生きる)

「最悪の逃避行ね」 「でも最悪が楽しいんだよ、きっと」

 最悪の逃避行。でも最悪が楽しい、きっと。ホストと名門女子高の教師の禁断の愛。まるでその構図はある日本映画を――キャバレー社長(田宮二郎)とエリートサラリーマンの妻(若尾文子)の禁断の愛を、ギリシャ悲劇のような格調で描いた増村保造監督の『「女の小箱」より 夫が見た』(1964年)を――彷彿とさせる。愛実の婚約者・洋二(中島歩)の狼狽ぶりは同作における若尾文子の夫(川崎敬三)を思い出させ、父親(酒匂芳)の過剰なまでに封建的かつ家父長的態度も同様である。だとするなら『愛の、がっこう。』も、『「女の小箱」より 夫が見た』のように凄惨な悲劇に終わってしまうのだろうか?

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