イラン指導部に迫る審判の時-イスラエルの攻撃激化でジレンマに直面

イスラエルが13日、イランに先制攻撃を実施して数時間後、ネタニヤフ首相はイラン国民に直接呼び掛けるビデオメッセージを配信した。

  「イスラエルが戦っているのはイラン国民ではない。われわれが戦っているのはあなたたちを抑圧し貧困に追いやる殺人的なイスラム体制だ」とネタニヤフ氏は語った

イランの最高指導者ハメネイ師は国営放送を通じ国民向けに演説(6月13日、イラン指導部報道部門が写真提供)

  たとえイラン政府に最も批判的な国内勢力であっても、最高指導者ハメネイ師よりネタニヤフ氏を選ぶことはない点を踏まえれば、同氏の訴えは大胆不敵な行動だった

  だがこの行動は、ネタニヤフ氏の目的が長年反対してきたイランと米国との核協議の頓挫をはるかに超えるものであることを示唆している。イスラエルがイランの弱点を突いて経済的不満をあおり、半世紀近くイランを統治してきた聖職者政権の打倒を誘発しようとしていることが示された。  

  イスラエルは過去1年8カ月にわたり、イランが中東諸国で支援してきた武装勢力の集まりである、いわゆる「抵抗の枢軸」を解体。そして今回、何十年にもわたる制裁で経済が疲弊し、指導部が資金難に陥り国内に広がる不安に対して脆弱(ぜいじゃく)となった敵を攻撃した。

   イラン政府は今、ジレンマに直面している。具体的には、米国を巻き込むほどの対抗措置を取らずに、イスラエルに対しどこまで応じることができるのか、そして、消耗戦が国内の不満を刺激しかねない状況にあって、どれだけの覚悟があるのかだ。

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  ネタニヤフ氏は14日、米国の支援を確信して自らの優位性を強調し、ハメネイ体制の崩壊を予想する発言を行った。ネタニヤフ氏はトランプ米大統領の誕生日を祝った上で、イスラエル空軍がイランの政権に「想像もできない打撃を与えるだろう」と指摘。「イランの高官が既に荷造りを始めているという情報がある。彼らは何が起きるのかを感じ取っている」と述べた

  また、15日にはFOXニュースに対し、イランの体制は非常に脆弱であり、体制崩壊は「確かに起こり得る結果だ」と語った上で、「行動するかどうかの決定」はイラン国民次第だと論じた。

  イスラエルの対イラン軍事攻撃は、1980年のイラクによる侵攻以来、イランにとって最悪の攻撃だ。同国の地域的な影響力が深刻な打撃を受け、国家の最重要資産や約9000万人の国民を守る能力が失われていることを浮き彫りにした。

  13日のロンドン市場では、原油相場が一時13%高と、単日の上昇幅としては2022年のロシアによるウクライナ侵攻以来最大となった。ペルシャ湾地域での交戦がエネルギー供給に与える重大な影響を強く示している。

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  23年10月7日のイスラム組織ハマスによるイスラエル奇襲攻撃以来、イランの代理勢力を解体するために「体系的で慎重かつ組織的」な方法でイスラエルは取り組んできたと、ネタニヤフ氏は述べている。

  この作戦はハマスの壊滅から始まり、イランが支援するレバノンのヒズボラを標的とした攻撃や指導者暗殺へと続いた。「約束通り中東の様相を変えている」と、ネタニヤフ氏は昨年12月に語り、これは常とう句となっている。

  イスラエルが13日、正確かつ迅速な攻撃でイラン軍最高指導部を殺害したことは、同国の多くの人々に衝撃を与えている。

  イランのペゼシュキアン大統領の元顧問で、長年にわたり体制改革を訴えてきた経済学者、サイード・ライラズ氏は「イランの限界点が私の予想よりずっと早く訪れたように見受けられる」とし、「イランにはこれよりはるかに大きな耐性があると思っていた」と明かした。

  この紛争がどのようにエスカレートするかは、一段と広範な地域戦争が勃発するかどうかや、イランの核開発の今後を左右することになる。同国は恐らく約2000発の弾道ミサイルを保有しており、それを使ってイスラエルを攻撃することも、追い詰められた場合には地域の石油インフラや米軍基地を標的とすることも可能だ。

  しかし、米国を戦争に巻き込むリスクや、サウジアラビアなど湾岸諸国との関係改善を損なう懸念から、イランがそうした選択肢を取る可能性は低いとみられている。

イスラエル軍の攻撃で破壊されたテヘランの住宅(6月13日)

  国際金融市場や国際銀行取引、世界の石油市場へのイランのアクセスは、制裁で大きな打撃を受けている。特に重要なのは、これらの制裁で原油輸出が減少し、外貨収入を大幅に損ない、老朽化したインフラを修復する能力を著しく低下させている点だ。

  世界2位の天然ガス埋蔵量を有するイランだが、昨年末には記録的な需要の高まりの中で、投資不足の発電所が機能不全に陥った。同国は主要産業への停電措置を強いられ、ガスの備蓄に踏み切る事態となった。

  通貨リアルの価値が大幅に下落し、購買力が急激に低下する中で、反政府デモは頻度が増して規模も拡大した。イランの司法当局と治安機関は反体制運動に対する弾圧を強化し、デモで逮捕された若者を絞首刑とすることもあった。欧州諸国も人権侵害を理由に対イラン制裁を強化し始めた。

  13日の攻撃に至る数カ月間、イスラエルは一連のシナリオを想定した戦争のシミュレーションを行い、攻撃がイランを完全に打撃できるかどうかを分析していた。ブルームバーグが確認した文書やこの件に詳しい欧米当局者によれば、イラン国民が政府の下に結束するリスクがあるとイスラエルは判断していた。

  また、ブルームバーグが確認したイスラエルや西側の情報機関の評価では、紛争が長引けばイラン経済に深刻な打撃を与え、それが政治的不安定を引き起こすと想定されていた。

イランに耐性

イランのペゼシュキアン大統領が開いた閣議(6月15日、イラン大統領府が写真提供)

  情報機関は「イスラエルとの紛争が長期化し、制裁がさらに強化されれば、イランにとって一層深刻な経済的打撃を招くリスクがある」と指摘。「これが通貨のさらなる下落を引き起こし、既に高水準にあるインフレが悪化して購買力が一層低下する可能性がある。こうした状況は中間層の不満を高め、社会的不安を助長し、新たな抗議行動につながる可能性がある」としている。

  それでもイランは何十年にもわたる貿易封鎖や制裁、さらに1980年代の長く血なまぐさいイラクとの戦争を経験しており、国民は混乱や経済的不安定に対する耐性を備えている。一方、米欧の支援と地域で最も先進的な軍事技術に支えられたイスラエルの国民は、少なくとも2023年10月までは消耗戦には慣れていなかったため、イランが反撃を続けるような長期戦をどのように持ちこたえるのかは不透明だ。

  長年にわたりハメネイ師およびイラン革命防衛隊を強く支持してきたテヘラン大学の学者、フーアド・イザディ氏は、現時点での降伏はイラン指導部にとって考えられないことで、指導部はイスラエルの攻撃を自国に対する宣戦布告と見なしていると語る。

  「イランは数千発の弾道ミサイルを保有している。イランの指導者は降伏する前にそれらの大半を使用し、数千人の米国人を殺害するだろう」とイザディ氏は発言。「イランは平和的な解決を望んでいた。だが米国はそれを望まず、戦争を求めていた。それが彼らが直面する結果になるだろう」と論じた。

  トランプ氏の考えに詳しい人物によると、ネタニヤフ氏は1月のトランプ政権2期目発足の直後から、イランへの対決姿勢を取るよう米大統領に強く働きかけていた。また、4月に始まった米国とイランの核協議を通じて、イスラエルの指導者が武力行使を決意していたことは明らかだった。米ニュースサイトのアクシオスは14日、匿名のイスラエル関係者2人の話として、同国がイランの核開発計画を破壊する戦いに米国の参加を求めていると報じた。

矛盾するトランプ氏発言

  トランプ氏は矛盾する発言をしている。15日にはイランとイスラエルについて「両国は合意すべきであり、合意に至るだろう」と述べ、停戦を望んでいるかのような姿勢を示した。一方で同じ日にABCニュースに対しては、米国がこの紛争に関与する可能性があるとも語っている。

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  トランプ氏がカナダで開かれる主要7カ国首脳会議(G7サミット)に出席するのに当たり、米国がこの事態にどのような役割を果たすのかは、最大の焦点の一つとなっている。米高官によれば、イスラエル当局がハメネイ師を殺害する好機だと主張したのに対し、トランプ氏はその計画に反対の意向を表明した。またトランプ氏は14日、ロシアのプーチン大統領と電話会談を行い、紛争の終結方法についても協議した。

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  米国とイランの協議は、イランの核活動を抑制する代わりに制裁を緩和し、対立を解消することを目的としていたが、頓挫した。これはイスラエルにとって勝利と言えると、シンクタンクの欧州外交評議会(ECFR)中東・北アフリカプログラム副ディレクター、エリー・ゲランマイエ氏は分析する。

  ゲランマイエ氏はイスラエルによる今回の攻撃について、「トランプ大統領が合意にこぎ着ける可能性をつぶすために仕組まれたものだ」とし、「これはイスラエルが主導した大規模な攻撃であり、イランを巡る状況をエスカレートさせ、地域を対立へと引きずり込むことを意図したものだった」との見方を示した。

  それでも、中東や欧州、米国の複数の当局者は、イランが軍事的報復をイスラエルの標的に限定し、米国を巻き込むような大規模な戦火の拡大を避ける可能性が高いとみている。トランプ氏もまた、イラン側との交渉は引き続き可能だとの考えを示している。

イスラエルの攻撃で殺害されたイラン当局者の写真(6月14日、テヘラン)

  過去2年間にイランとの関係を修復してきた湾岸アラブ諸国の高官によると、これらの国々はイスラエルの行動に強い懸念を抱いており、紛争に巻き込まれることを望んでいない。イランのミサイルは地域の石油施設やインフラを標的にする能力を持つが、同国が新たに築いた関係を損なうことを望む可能性は低い。イランは近隣諸国が板挟みになることを恐れ、トランプ氏との緊張緩和を求めていることを理解している。

  また、問題のデリケートさを理由に匿名を条件に語った湾岸諸国の高官は、イスラエルの攻撃が放射性物質漏れにつながる可能性を考慮すれば、イラン国内にとどまらず地域全体に壊滅的な影響を及ぼす恐れがあると述べた。

  イスラエルはイランの核開発計画を破壊する決意を示しているが、それを成功させるには依然として米国の支援が必要だ。現状を踏まえると、イスラエルが単独で攻撃を行ったとしても、せいぜいイランの計画を1年遅らせるのが限界であり、その間にイラン政府が核兵器の開発に踏み切る可能性さえある。

  米国がイスラエルの攻撃に加わるかどうかは、イランの今後の対応次第だ。トランプ氏は、攻撃を事前に知っていたことを認めつつも、イランのミサイルやドローンを迎撃する支援を除けば、米国の関与を否定している。それでもトランプ氏は、これらの攻撃を交渉の材料として利用し、イランに合意を求めている。

イスラエルによるイラン空爆後に撮影されたイスファハンのウラン濃縮施設の衛星画像(6月14日)

  イランは引き続き相当数の弾道ミサイルを保有している。イスラエルの防空システムは昨年4月と10月の攻撃時に対応に苦戦し、現在もその状況が続いていると見受けられる。

  さらに、イエメンのイラン代理勢力フーシ派の存在もある。フーシ派はイスラエルを攻撃できる能力を持ち、紅海での貿易を妨害し、米海軍の艦船を威嚇することも可能なことを証明してきた。最悪のシナリオとして、イランが前例のないホルムズ海峡の封鎖に踏み切れば、原油価格は1バレル=130ドルに達する可能性があるとブルームバーグ・エコノミクス(BE)は推計する。

  フランス政府高官は、イスラエルの攻撃はハメネイ師およびその統治をさらに過激化させる可能性が高いが、同師の指導体制を終わらせたり、イランを崩壊させたりするには至らないだろうと話す。イランは依然としてパキスタンや湾岸アラブ諸国など地域内に同盟国を持っており、それらの国々は弱体化したイラン政府を歓迎するかもしれないが、イランが危険な権力の空白に陥ることは望んでいないと匿名で語った。

  イランは攻撃されたり脅されたりするたびに、強い国家主義的傾向を持つ国として一致団結してきた。このため、不満が広がっているにもかかわらず、イスラエルの爆撃によって体制転換が起こる可能性は低い。

  「イランは過去1年間で弱体化してはいるが、特にここ数日の動きを踏まえると、本質的に弱いわけではない」と、クウェート大学の助教で、英国の独立系シンクタンク、チャタム・ハウスのアソシエートフェロー、バデル・アルサイフ氏は語る。

  その上で、「イランは少なくとも現時点では必要な兵器の備蓄を持っていることを示した」とし、「イランが自らの体制が深刻な脅威にさらされていると感じたなら、もはや何が起きてもおかしくなくなり、全ての関係者にとってリスクが高まる」と警告した。

原題:Iran’s Leaders Face a Reckoning as Israeli Strikes Intensify(抜粋)

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