人の声に驚くイモムシ、鼓膜がないのになぜ聞けるのか?
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人間のように「聞く」昆虫は多くない。中にはコオロギやバッタのように、空気中を伝わってくる音を感知する鼓膜状の構造を持つ昆虫もいるが、ほとんどの昆虫にとって「聞く」とは、木の葉や枝、地面などの物体を伝わる機械的な振動を感じ取ることを指す。
米ニューヨーク州立大学ビンガムトン校の生物学者キャロル・マイルズ氏の研究室では、この1年ほど、よく見られる光景があった。飼育しているタバコスズメガ(Manduca sexta)の幼虫のそばで同僚と話していると、幼虫が毎回、まるで驚いたように飛び上がるのだ。「同僚には『キャロル、ちょっと静かにして。幼虫が怖がっているから』とよく言われました」とマイルズ氏は話す。
どうしてこんなことが起こるのか、マイルズ氏は興味を持った。翡翠(ひすい)色をしたタバコスズメガの幼虫は、北米から南米にかけての農場や家庭菜園でよく見られる。成虫は口の近くに鼓膜状の構造を持つが、幼虫のときにはそうした構造は全くない。それでも音に反応するのだ。
その理由を探るため、マイルズ氏の研究チームは、体毛を顕微鏡下で切り取る作業や、世界でも有数の静寂な空間(無響室)での実験など、複雑な研究を何年もかけて進めてきた。2025年12月に第6回日米音響学会ジョイントミーティングで発表されたその成果によると、タバコスズメガの幼虫は体表の細かい毛を使って、空気中を伝わって届く音(空気伝搬音)を感知している可能性が示された。
この研究はまだ査読を経ていないものの、聴覚の進化に新たな知見をもたらすだけでなく、次世代マイクロフォンの開発のヒントになるかもしれないと専門家は指摘する。
タバコスズメガの幼虫が、物体の振動ではなく、空気の振動を感知できるかを確かめるため、マイルズ氏らは大学の無響室で一連の試験を行った。無響室は、高精度の音響研究用に設計された極めて静かな施設だ。あまりにも静かなため、中に入ると自分の心臓の鼓動が聞こえることさえある。
研究チームは、タバコスズメガの幼虫に、空気中を伝わる音と物体の表面を伝わる振動の両方で低周波と高周波の音を聞かせ、その反応を記録した。データを解析したところ、幼虫は表面の振動よりも空気を伝わる音の方に10〜100倍も強く反応することがわかった。こうした大きな差が昆虫で見られることはまれだ。
空気中を伝わる音を確かに聞いていることがわかり、研究チームはその仕組みを探ろうとした。幼虫の体表を覆う小さな毛が関わっているのではないかと考え、それを確かめるため、幼虫の胸部と腹部の毛を取り除いて実験を繰り返した。予想通り、毛を失った個体はほとんど音に反応しなかった。
「幼虫の体を覆う硬い毛が触覚に敏感であることは以前から知られていました。これらの毛が音にも反応するとは分かっていなかったのです」と、ドイツ、ゲッティンゲン大学の細胞神経生物学教授マーティン・ゲプフェルト氏は話す。氏は今回の研究には関わっていない。
「こうした聴覚システムは、おそらく捕食者を避けるために進化したのでしょう」とゲプフェルト氏は説明する。研究チームによれば、タバコスズメガの幼虫は、天敵であるスズメバチの羽ばたきの音を聞き取れるだけでなく、激しく反応するという。翅音を聞くと、幼虫は跳ね上がったり、体を反らせて防御姿勢をとったりして、近づき過ぎる相手に噛みつく構えを見せる。
昆虫は少なくとも24回、独立に聴覚を進化させてきたとされる。その結果、人間とはまったく異なる、驚くほど多様な聴覚システムが生まれた。こうした理由から、音を捉える新しいデバイスを設計する際、エンジニアたちは昆虫の体の構造に着目することがよくある。
「現在のマイクロフォンが今のような形(つまり圧力を検知する振動板を使う形)になっているのは、われわれ人間がとても傲慢な生物で、自分たちの耳ばかりに注目し、ほかの生物が持つ多様な耳にはほとんど目を向けてこなかったからです」と語るのは、ニューヨーク州立大学ビンガムトン校の機械工学教授で、今回の研究の最終著者でもあるロナルド・マイルズ氏だ。
昆虫に着想を得たマイク設計で特許を取得したこともある氏は、タバコスズメガの幼虫が、現在のものよりも小型で安価な「まったく新しい種類のマイク」を生み出すヒントになるかもしれないと語る。
庭のトマトをむしゃむしゃ食べているタバコスズメガの幼虫が、将来ほんとうに次世代のマイク技術を生み出すヒントになるかどうかはともかく、彼らがどのように音を聞いているのかが明らかになったことは、人間にとって間違いなく有益だ。
「生物の中でも昆虫は、とりわけ多種多様な『耳』を持っています」とゲプフェルト氏は話す。そして、こうした「昆虫の耳」は、人間の耳には到底できないことをやってのけることが多い。
「例えばハチミツガは、他のどんな生物にも聞こえないほどの非常に高い音を聞き取れますし、一部のハエは、物理的には到達し得ないと思えるほどの精度で音の発生源を特定できます」と氏は説明する。「昆虫を通して、自然は私たちに、音を感知する際の物理的な限界は乗り越えられるのだと教えてくれているのです」
文=Annie Roth/訳=夏村貴子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2026年5月20日公開)
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