慰霊の日に何が起きたのか 沖縄の保守派ジャーナリストが報じた「うんざりする光景」

沖縄全戦没者追悼式であいさつを終えた高市早苗首相(手前)を見つめる沖縄県の玉城デニー知事(左端)ら=6月23日午後、沖縄県糸満市の平和祈念公園

沖縄にも、保守派の優れたジャーナリストがいる。

ローカル紙の沖縄八重山日報で論説主幹を務める仲新城誠氏は文句なくその一人だ。左派色の強い沖縄の言論空間の中で埋もれがちな、県民の本心に光をあてる記事や解説を発信している。筆者も産経新聞那覇支局長だった頃(令和2~5年)、氏の記事を大いに参考にさせてもらった。

追悼式でのヤジと罵声

6月23日の「慰霊の日」、沖縄戦最後の激戦地となった糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園で行われた追悼式での一場面を「うんざりする光景」と報じ、SNSなどで広く拡散された次の記事も、氏の筆によるものだ。

「沖縄全戦没者追悼式でこのところ毎年繰り返される、うんざりする光景が、あいさつのため登壇した首相に対するヤジや罵声だ。高市早苗首相が初めて追悼式に参列した今年は、例年にも増して会場に怒号が飛び交い、首相のあいさつがほとんど聞き取れないほどだった」

筆者も取材した経験があるが、追悼式でのヤジほど聞き苦しいものはない。厳粛な空気をぶち壊し、遺族ら参列者の心をかき乱すからである。

今年は高市首相のあいさつが始まるや否や、「何しに来た」「帰れ」「戦争反対」「9条守れ」などの怒鳴り声が会場に響き渡った。県や県警の職員が基地反対派とみられる一団に妨害をやめるよう求めたが、罵声はおさまらず、最後は数人が会場から連れ出された。

「沖縄にとって『恥』でしかないこの光景は、戦没者を静かに弔いたい大多数の県民の思いとは乖離(かいり)している」と、仲新城氏は書いている。

どこが「市民の声」なのか

残念ながら、ほかのメディアの報道からは「大多数の県民の思い」は伝わってこない。県紙の琉球新報と沖縄タイムスもヤジについて報じているが、賛否があるとしつつ、「やむにやまれぬ抗議」「気持ちは分かる」といった言葉が並ぶ。

追悼式後の高市首相への囲み取材では、本土の記者からこんな質問も飛んだ。

「演説中に飛び交っていた、たくさんの市民の『戦争やめろ』『9条守れ』という声を、どう受け止めたか?」

これも、「県民の思い」とはかけ離れた物言いである。静謐(せいひつ)な祈りを妨害したヤジや罵声の、いったいどこが「市民の声」なのか。

高市首相は冷静に、「日本は戦争をやっていない。平和国家としての歩みを戦後ずっと続けてきたのは日本国の誇りだ」と切り返した。

追悼式でのヤジは、翌日の県議会でも問題視された。自民党の西銘啓史郎県議が代表質問で「私は沖縄県民として大変悲しい思いがした」とし、玉城デニー知事に見解をただした。

だが玉城氏は、「追悼式そのものは非常に厳粛に行われた。会場から大きな声が出るなど静かな状況でないタイミングもあったが、おおむね滞りなく進められた」と答えるにとどめた。

西銘氏からの再質問に、「振り返りを行って点検し、対応を検討したい」などと述べたものの、ヤジの一団を直接批判する言葉は最後まで聞かれなかった。

西銘氏が再々質問で指摘したように、ヤジの一団は玉城氏の支持者とみられる。彼らに「もうやめてくれ」といえば、少しは自制するだろうに。

県民の祈りを妨げたヤジを「市民の声」とするメディアと、直接批判しない玉城県政。「今年3月に起きた辺野古沖の抗議船転覆事故も、長年、反対派の非常識な振る舞いを見過ごしてきた沖縄社会のあり方と無関係ではない」と、仲新城氏は前出の記事に書く。

「一部は極左暴力集団」

以後も県議会では、追悼式でのヤジや基地反対派による危険な抗議活動を巡り激しい議論が繰り広げられている。

6月29日には沖縄県警の井澤和生本部長が質問に答えて「基地反対派の一部には極左暴力集団がいる」と明かし、次のように述べた。

「極左暴力集団とは暴力革命による共産主義社会の実現を目指し、民主主義社会を暴力で破壊することを企図している集団である。現在は組織の維持、拡大をもくろみ、暴力性や党派性を隠して反戦、反基地運動などに取り組む一方で、引き続き暴力革命の方針を堅持し、違法行為やテロ、ゲリラ事件を引き起こす可能性もある」

これが実態なのだ。(かわせ ひろゆき)

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