池上彰と斎藤幸平が語るAI時代における人文知の役割 資本主義に代わるシステムとは?
AIや巨大テック企業が大きな力を持つ時代に、私たちはどう向き合うべきなのか。資本主義に代わる社会のあり方、民主主義の力を取り戻すために必要なこと、そしてAI時代における人文知の役割について、池上彰さんと斎藤幸平さんが語り合った(この対談の前半「『チャッピー』と呼んでいる場合ではない 『次に狙われるのは日本』池上彰×斎藤幸平が語る資本主義の限界と民主主義の未来」もあわせてお読みください)。AERA 2026年7月6日号より。
【写真】池上彰氏とアエラで対談するのは2023年以来となる斎藤幸平氏
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階級問題と共に考える
──このところ左派はアイデンティティー・ポリティクスを主要なテーマとしてきましたが、資本主義が行きつくところまで来た現在、資本や国家などマルクスのいう階級闘争的な大きなテーマを、より左派は言っていかないといけないということでしょうか。
斎藤幸平(以下、斎藤):というよりも、フェミニズムや人種差別、移民、環境の問題も「資本主義との関係で考える」ことが必要だと思うんです。そうしていくことが、階級の問題とそれ以外の問題を分断させずに、もう一度しっかり繋いでいく可能性につながると。
池上彰(以下、池上):資本主義によるさまざまな差別や階級的な問題が、実は女性差別や障害者への抑圧などにも繋がっていると。そこを結びつけて指摘することができなかったんですよね。資本主義は資本主義で置いておいて「差別はいけないよ」とポリティカル・コレクトネスばかり言っていると、「で、俺たちの食う話はどうなるんだ?」となってしまう。たとえば日本はなぜ女性への差別が続いてきたのか。高度経済成長のときに「女は家にいろ」みたいな構造を、資本主義自体が生み出してきたんだと。そこの結びつきをどれだけきちんと指摘し、新たな運動にしていくのかということだと思うんです。
──資本主義を批判するときに「資本主義批判」イコール「権利や自由の制限」と恐怖感を持つ人も多いと思います。
斎藤:そこは自己批判があるんです。前著『人新世の「資本論」』から「脱成長」という言葉を訴えてきましたが、一方でその言葉は「より我慢する」とか、「よりさまざまなものを制限していく」といったイメージも喚起してしまった。いまおっしゃったような資本主義批判のマイナスのイメージを強めてしまったかもしれないという反省はあるんです。
今回の『人新世の「黙示録」』では、環境破壊や格差を拡大させる資本主義に代わるシステムとして「民主的計画」を打ち出しています。計画といっても国家による全体主義的な管理ではなく、テクノロジーと市民参加を融合させた新しい計画経済を指しています。
イーロン・マスクなんかが巨大な力を持ち、好きなように世界を作っていってしまう。要するに資本主義が、私たちがどんな社会を作りたいか、そこに参加してどんな意思決定をしていけるかという民主主義の力、可能性、ポテンシャルを奪っている。それに対して、何かを制限するという方向ではなく、「力を取り戻していこう」というイメージを与えたいと。
池上:日本の左派は、保守や右派がいろんなことを言ってきたときにそれをただ批判するだけで、「大きな絵」を描くことができなかった。そこが大きな課題だと思いますよ。
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──そこのヒントが、斎藤さんの『人新世の「黙示録」』に示されているように思います。暗黒啓蒙にならって「進歩の終わり」を受け入れながら、マムダニらにならって「資本主義を捨てる」=「暗黒社会主義*1」の道を目指すと。
池上:まさに、斎藤さんの本は地球環境などさまざまな面で危機的な状況から何とか脱するための、大きな絵を描いている。その点で私はすごく高く評価しているんです。まあ、「暗黒社会主義」という言葉はイメージがあまり良くないなあと思うけれど(笑)。
斎藤:「脱成長」も最初はイメージが悪かったので、これから頑張って変えていきます!
AIと人文知の関係
──「大きな絵」を描いていくとき、もともと左派から出てきた思想やセオリーが右派にアプロプリエイト(盗用)されてより有効性を発揮することがあるように思います。
斎藤:だから左派も右派からアプロプリエイトしていけばいいんですよ。
たしかにGAFAMがやろうとしていることはプライバシーの面などでやばいことだらけです。ただ、そういった技術は新しい計画経済を行う上で技術的基盤にもなるわけで、そこを右派に独占されていることは大きな問題だと思うんです。たとえば、左派の人はマイナンバーカードなどに忌避感を持つ人が多いですよね。でも台湾のオードリー・タンがコロナ禍のデジタル技術を駆使してマスクを3日で全国民に行きわたらせたようなことには、日本も学ばないと。右派が独占している技術をアプロプリエイトして、民主的計画に使っていく。そういうビジョンが「明るい左派の未来」に必要かなと思います。
池上:同感です。右派が政権を取って、その政権を維持するためだったら、おそらく何でも取り入れますよ。左派も、右派の政治理論や組織論で良いものがあれば、それをどんどん取り入れちゃう。そうすべきだと思いますね。
──ピーター・ティールがルネ・ジラール*2に師事していたり、アンソロピック*3の哲学者アマンダ・アスケルが*4クロード*5の人格や倫理的ガードレールの設計に携わっているといったニュースで、いま「哲学」や「人文知」に注目が集まっています。
斎藤:哲学への間口が広がること自体は私も喜んでいます。ただ一方で人文知、哲学などが持つ領域自体は、「ビジネスに短期的に役に立つ」といったこととは別次元の尺を持っているはずで、そこにはやはり抗っていく必要があると思います。シリコンバレーでは他にもこういった哲学者がいますし、最近でもオランダの歴史家、ルトガー・ブレグマンが「チャットGPTはだめなAIだけどアンソロピックのAIはアスケルが関わっているからいいAIだ」といったことを言っていましたが、結局はアンソロピックがやっているイスラエルとの軍事面での結びつきなどを正当化するために雇われているのではないかと思います。
ティールやマスクが接近しているテクノ資本主義のもとで本当に民主的なAIを作ることはできないし、そこに利用されている哲学も認められません。
池上:少し前までは人文知ってまったく金にならないと言われてましたよね。それが最近リベラルアーツ、たとえば哲学などがテックの世界で「役に立つ」のではないかと。ただ、すぐに役に立たないことこそが、リベラルアーツの大切なところ。「人文知がいま大事です、注目です」と言うこと自体、ちょっと危険なところがある。本当の人文知って何でしょうか。今のテック企業に利用されてしまうような人文知ではない、本当の人文知というものが、今求められていると思います。
(編集部・小柳暁子、小長光哲郎、古寺雄大)
*1 暗黒社会主義 Dark Socialism/斎藤幸平の『人新世の「黙示録」』(2026年、集英社)で提唱されている。(1)脱商品化とニーズ型経済への転換(2)投資の社会化=民主化(3)多元的な価値を反映する経済(4)参加型経済による暗黙知の活用(5)環境制約の経済への埋め込み、を5本の柱とする
*2 ルネ・ジラール René Girard/1923年、フランス生まれ。81年からスタンフォード大学教授。著書に『欲望の現象学』『暴力と聖なるもの』ほか。2015年没
*3 アンソロピック 2021年に設立されたアメリカのAI企業。対話型AI「クロード」を開発しており、OpenAIの有力な競合企業の一つとされる
*4 アマンダ・アスケル Amanda Askell/スコットランド生まれ。AI倫理とアライメントが専門の研究者。アンソロピックでAIの行動原則や安全性研究を主導し、「コンスティテューショナルAI」の開発にも関与
*5 クロード アンソロピックが開発した対話型AI。文章作成や要約、プログラミング支援などを得意とし、安全性や長文処理能力の高さを特徴とする
※AERA 2026年7月6日号より抜粋
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