「ウクライナ応援団」の「この戦争は終わらない」主義はどうなるのか

科学・文化

アラスカで米ロ首脳会談が開催された。メディアの論評を見ると、会議前には「ウクライナ抜きで和平を進めるな」の大合唱だった。会議後には「和平が達成できず、成果なき会談だった」と力説している。

米ロ首脳会談 クレムリンHPより

アメリカはウクライナの最大支援国ではあるが、戦争の直接当事者とまでは言えない。トランプ大統領は、調停役を担おうとしている。第三者調停者が、紛争当事者のそれぞれと個別協議をするなどということは、極めて普通の出来事である。また、その個別会合だけで戦争が終わるわけではないことは、折り込み済だ。それはもちろん、一度の会議で戦争が終わらなかったら、調停は失敗したもの同然だ、という前提がないからでもある。調停のプロセスは続いていく。

トランプ大統領が大統領選挙戦中に「自分なら24時間で戦争を終わりにする」というレトリックを使ったことを執拗に取り上げて、「だからトランプはもう失敗した」と断定したい方々もたくさんいる。しかし冷静に見て、終始一貫して停戦を目指しているトランプ大統領の姿勢によって、ロシア・ウクライナ戦争の停戦の機運は、2025年になってから高まってきている。ウクライナのクルスク侵攻が始まり、「ウクライナ応援団」系の軍事評論家や国際政治学者の専門家の方々が歓喜していた一年前とは、大きな違いがある。

今年初めのトランプ大統領就任直後こそ、「ウクライナ応援団」系の専門家の方々が、「日欧同盟」を進めて、アメリカ抜きで、「ウクライナは勝たなければならない」を維持すべきだと主張していたことが、話題となった。しかし現実には、欧州諸国もまた、トランプ大統領の停戦努力を歓迎し、支持することを表明している。そのうえで停戦合意の内容の積み上げに関与したい、という路線に、方針転換している。

専門家の方々の苛立ちは募り、米ロ首脳会談の前にも、感情が表出される場面が見られた。

誹謗中傷してくる相手の虚栄と独善に乱されないようにする

— Tetsuo Kotani/小谷哲男 (@tetsuo_kotani) August 12, 2025

専門家の方々の憤りがタイムラインに「おすすめで」入ってくる。

「国際政治は大国が動かす」は当たり前。そりゃあ「小国が動かす」より自然。でも、この問題を考える際には、たとえば日本有事で米中が九州あたりで勝手に線引きするとしたら、「それが国際政治の現実だよね」と淡淡と受け入れる用意があるか、ぐらいは想像してみてもよい。それもリアルな側面。

— Michito Tsuruoka / 鶴岡路人 (@MichitoTsuruoka) August 13, 2025

これまで「ウクライナ応援団」系の専門家の方々は、ウクライナ人は最後の一人になるまで戦い続けるので、「この戦争は終わらない」と主張したうえで、ウクライナへの支援を、さらに強化し、どこまでも継続していく覚悟を定めるべきだ、と主張してきた。

小泉悠さん 終わらない戦争の行方は/下 大国のはざまの日本 道義のため武器送るべきだ | 毎日新聞
 ロシアの軍事研究で知られる小泉悠・東大先端科学技術研究センター准教授が3月15日、毎日新聞のオンラインイベントでロシア、ウクライナ情勢について語った。 侵略「仕方ないよね」で済ます世界に生きたいか

その主張に同調しないような者がいれば、その者は「闇落ち」した「親露派」の「老害」と扱われることになった。

この主張にしたがえば、今起こっているのは、現実を誤認したトランプ大統領が、終わらない戦争を終わらせようとする愚行に及んでいる、という事態だろう。そしてウクライナ支援を渋るという誤りも犯している、ということになる。

だが「この戦争は終わらない」論が正しければ、トランプ大統領が何をしようと戦争は終わらないわけなので、トランプ大統領がプーチン大統領と会おうが何をしようが、大局的な流れには影響しないはずである。

ところが誤算なのは、今や欧州指導者のみならず、ゼレンスキー大統領まで、停戦そのものには反対しない、という立場を取り始めてしまっていることだろう。背景には、ギャラップ社の調査で約7割のウクライナ国民が即時停戦を望んでいるというウクライナ国内の厭戦世論がある。戦場では、昨年からロシア軍の前進が顕著だ。ザルジニー総司令官を罷免して断行したクルスク侵攻も、7万人以上と呼ばれる犠牲者を出し、欧米諸国供給の最新兵器を大量に鹵獲させてしまったうえで、ロシア軍のさらなるウクライナ領側への浸透を招いただけの結果に終わった。国際情勢もウクライナに厳しい。各国の支援疲れが顕著だ。戒厳令で選挙を無期延期しながら汚職対策機関の独立性を剥奪したゼレンスキー大統領の政権運営に対する疑問も高まっている。「あと〇〇カ月でロシア経済は崩壊」の予言も、ほとんどオオカミ少年の警告のように扱われるようになってしまった。

昨日は「ポピュリズムと歴史認識」について書いた。広島の「碑文論争」は数十年にわたって存在しているものだが、SNSでの大衆受けだけを狙った安易な取り扱いなどは、最近になって生まれてきた現象だろう。 やはり背景にはSNSの...

まずは現実を見据えることが必要だ。当然のことだが、それには権力者層の人々に計り知れない苦痛が伴う。日本の防衛費の大幅増加の方針はもちろん、政権内の政治家や官僚の調整された人事傾向や出世ルート、主要メディアの経営、そして学者間の確執や力関係にも影響するだろう。

おそらく停滞感あふれる日本社会の権力者層は、その負荷を受け止める準備がない。ソフトランディングには困難が伴う。日本外交の迷走が続いていくことを、覚悟しなければならない。

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