リスのようにジャンプする! “パルクールロボット”のメカニズム
物体の回転のしやすさは、回転軸からの質量の分布に依存する慣性モーメントによって決定される。例えば、フィギュアスケート選手が氷上でスピンするとき、腕を広げると回転が遅くなり、逆に腕を縮めると回転が速くなるのは、この慣性モーメントの変化によるものだ。リスは飛距離に応じて脚を曲げたり伸ばしたりすることで、慣性モーメントを制御して安定した着地を可能にしているのだと、フルは説明する。
つまり、ジャンプによる飛距離が短い場合は、脚を曲げて慣性モーメントを小さくすることで、リスは着地点を軸にした体の回転速度を上げて体勢を立て直している。反対に跳びすぎた場合は、脚を伸ばして慣性モーメントを大きくすることで減速する。このように刹那における繊細なフットワークが、リスの華麗なパルクールを可能にしているというわけだ。
跳ぶなら脚は少ないほうがいい
これらの知見を基に、イムらの研究チームはSaltoの脚力を調整できるように設計を改良するとともに、フライホイールが生み出すトルクを補強した。それに伴い、あえて枝を掴むグリッパーの摩擦を減らすことで、脚部が生み出すトルクを最小化したという。将来的にはグリッパーを改良して、リスのように足でトルクを制御する仕組みを追求したいとしている。
このほかリスとの大きな違いは、Saltoには脚が1本しかないことだ。イムによると、高く跳躍することだけが目的なら単脚こそが最適解だという。複数の脚に力を分散させるよりも、1本の脚に全エネルギーを集中させたほうが高く跳べるからだ。
イムは現在、米航空宇宙局(NASA)から資金提供を受けて、土星の第2衛星であるエンケラドゥスを探索するための小型単脚ロボットの設計に着手している。エンケラドゥスの重力は地球の80分の1しかないことから、1回のジャンプでアメリカンフットボールのフィールドの長さを移動することも可能だという。
一方のフルは、リスが着地するときに脚部が生み出すトルクの重要性を引き続き調査している。リスの足にはサルのように物体を掴むための親指がないことから、着地点の枝を力強く握ることはできない。これは樹上を素早く移動するリスにとっては、むしろ利点であると研究者たちは考えている。リスは枝にしがみつくことができないからこそ、着地時のトルクを最大限に活用して枝から枝へと俊敏に跳び移れるのだ。
今回の研究成果は、バイオメカニクスの分野に大きな進歩をもたらすことが期待される。リスのような高い敏捷性をもつロボットが実用化されれば、建設中の建物の梁や森林の樹冠を跳び移りながら環境をモニタリングできるようになるかもしれない。
(Edited by Daisuke Takimoto)
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