初期宇宙の成長は思ったより早かった? 最新の天体望遠鏡が見せる“別の宇宙”の姿(後編)

前編から続く

最新の天体望遠鏡による観測結果は、これまで考えられてきた宇宙のタイムラインにも疑問を投げかけている。

これまで、宇宙は時間をかけて最初の銀河を紡ぎ出したと考えられてきた。その流れはこうだ。

まず、ビッグバン後の最初の38万年間、宇宙は陽子や電子などの素粒子からなるプラズマの世界だった。このころの宇宙は陽子と電子が結合できないほど超高温かつ超高密度だったと考えられている。

しかし、宇宙が膨張するにしたがって温度と密度も下がり、陽子と電子が結合して中性の水素原子が形成されるようになった。電子とぶつかって直進できなかった光子がようやく自由になり、不透明な雲のような状態だった宇宙が“晴れ上がった”のだ。

そしてビッグバンから数億年後、最初の星と銀河が形成され始めた。 現代の理論モデルにおいて、銀河はダークマター(暗黒物質)が密集した大きな領域である「ハロー」の中で徐々に発達すると考えられている。

このダークマターハローによってガス(原子や分子)が捕獲され、重力的に結合した構造になった。宇宙初期はほぼ水素とヘリウム、暗黒物質で満たされており、最初の構造(密度の濃い領域)が重力によって形成され、そこにガスが集まり銀河の種が生まれたと考えられている。そして初期銀河は現在の銀河よりも小さく、単純な構造だった──。これが、これまでの初期銀河に関する理解である。

宇宙の赤ん坊期は想定より短かった?

ところが、2021年からのジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の観測によって、宇宙の誕生から5億年以内の時点で、すでに天の川銀河と同サイズの明るい銀河が驚くほど多く存在していた証拠が報告され始めた。そればかりか、ビッグバンからわずか3億年という初期の宇宙でも、大きく成熟した銀河が存在していたことがわかったのだ。

なかでも2024年に発表された「JADES-GS-z14-0」と「JADES-GS-z14-1」と呼ばれる銀河は、これまで観測されたどの銀河よりも遠方に存在する。前者の銀河ほうが遠くにあり、それは宇宙誕生後の約3億年後、言い換えると135億年前の銀河(赤方偏移=宇宙が膨張していることで遠くの天体からの光の波長が伸びて赤いほうにずれて見える現象は、Z>14;)であることが明らかになった。

すでに指摘したように、これらの初期銀河は予想よりもはるかに大きく輝きすぎている。まるで生まれたての赤ん坊が、すでに大人と同じような体格で活発に動き回っているような違和感を、天文学者たちに感じさせるのだ。

大きく明るい銀河は、それなりに大きいダークマターのハローに取り囲まれるようにして進化する。したがって、このレベルの銀河が形成されるようになるには、ダークマターのハローがすでに大きく進化している必要があり、それにはもっと長い時間がかかると考えられていた。

「宇宙がたったの3億年でこのような銀河を形成できたのは驚くべきことです」と、科学学術誌「Nature」で前述のふたつの明るい銀河を報告したステファノ・カルニアーニ博士は指摘する。これは初期宇宙における星の形成が、これまで考えられていたよりもはるかに効率的であったことを示しており、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による観測以前の銀河形成モデルに疑問を投げかけるものなのだ。

この驚くべき発見は、どのように解釈されるべきなのだろうか?

「これらの発見は、標準的な宇宙論モデルを壊すほどのものではありません。現在の宇宙論を間違いだとするには、1つや2つの例外だけではなく、宇宙の事象に対するさまざまな研究や観測結果が矛盾する必要があります」と、オハイオ大学で宇宙の構成や大規模構造を研究するヒジョン・セオ准教授は説明する。「これに対して新しい理論を持ち出すなら、その新理論はいくつかの例外を説明できるだけでなく、すべての事象にも対応できなくてはならないのです」

一方で、銀河形成理論、特に宇宙初期における「多すぎる、質量が大きすぎる」銀河には何らかの説明が必要になると、セオ准教授は考えている。

膨張? 収縮? 宇宙の行方

「宇宙を野球のボールに例えて考えてみてください」と、セオ准教授は説明する。「ボールを力いっぱい上に向かって投げると、最初は勢いがよくてもいずれは減速しますよね。わたしたちの宇宙が何かしらの物質で満たされているなら、それらの重力によって宇宙の膨張はいずれ減速すると考えるのが自然です」と、ダークエネルギー分光装置(DESI)の共同研究チームのひとりでもあるセオ准教授は言う。

宇宙は星や銀河の間にある広大な空間に満ちたダークエネルギーの作用によって膨張していると考えられている。ダークエネルギーとは、いわば物質の重力を打ち消す斥力のような力、そして空間を加速膨張させる謎の力を引っくるめた総称だ。それは観測結果を説明するうえで必要な負の圧力と適切なエネルギー密度をもつ物質の構成要素であり、かつてアインシュタインが撤回した宇宙定数(Λ)のパラメーターと同じものではないかと考えられてきた。

「しかし、現在の宇宙は“加速”して膨張しています。ボールに例えるならば、上方向に投げたにもかかわらず進むスピードが増している状態です。物質やダークマターには膨張を減速させる力はあっても、加速膨張させる力はありません。重力を打ち消す力が働いていることは明白です」

物質とダークマターは膨張を遅らせ、ダークエネルギーは膨張を速める。 そう考えると、最終的な宇宙の進化を決めるのはそれぞれの量だ。

わたしたちの宇宙は収縮して、いずれビッグバンのような高密度状態になる「ビッグクランチ」なのか。加速膨張がさらに大きくなり、時空自体が引き裂かれて死に至る「ビッグリップ」なのか。あるいは、加速膨張を続けて温度や物質密度が極限まで低下して何もない空間がただ広がる「ビッグフリーズ」を迎えるのか──。ダークエネルギーに関する理解の行方が、その命運を握っている。

ダークエネルギーの正体を探れ

このダークエネルギーの性質を解明するために、米国のアリゾナ州にあるキットピーク国立天文台の望遠鏡には、ダークエネルギー分光装置(DESI)と呼ばれる装置が搭載された。DESIは「バリオン音響振動(BAO)」と呼ばれる初期宇宙の音波の波紋を検出して天体までの距離を把握し、110億年前の過去の宇宙までの膨張史を調査する。調査は2021年5月15日に始まり、5年間で3,700万個の銀河と300万個のクエーサー(遠い銀河の中心に見える極めて明るい領域)を観測する予定である。

BAOは、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)以前の宇宙初期のプラズマ中に存在した音波の残骸だ。「標準ものさし」とも呼ばれ、天体までの距離を測定する際の基準となっている。DESIがBAOに基づいて作成した宇宙の3Dマップは、銀河の束が集まって連なり、それらが天体の少ない空間によって隔てられているという宇宙の基本的な構造をよく表している。

研究チームは2024年4月、BAOの波紋を近くと遠くの両方でマッピングすることで、宇宙が過去の各時期にどれくらいの速さで膨張していたかを測定し、ダークエネルギーがその膨張にどのように影響しているかをモデル化した。そして2025年3月、その3Dマップには多くのデータが追加され、より詳細なものになった。

「ダークエネルギーが存在するならば、それが優勢になったのはつい最近のことです。そうでないなら、宇宙の膨張はとっくの昔に加速していたはずだからです。過去のダークエネルギーはほとんど宇宙に影響を及ぼさなかったと考えることができます」と、セオ准教授は説明する。

NASAのジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)によって撮影された赤外線画像。JWST高度深宇宙銀河サーベイ(JADES)プログラムの一環として観測された。画像の拡大部分にある「JADES-GS-z14-0」は、現在確認されているなかで最も遠い銀河だ。Photograph: Space Telescope Science Institute Office of Public Outreach

これを理解するには、宇宙の歴史において何がエネルギー密度の大部分として存在していたのかをなぞらなくてはならない。ビッグバン直後の宇宙には物質がまだ存在せず、光(放射)がエネルギー密度の大部分を占めていた。その後、宇宙が膨張して冷えると物質が現れ、光子の質量密度が減少するにつれて物質のエネルギー密度が支配的になった。

現在の宇宙では、光子の密度はほとんどなく、物質密度までもが宇宙の膨張によって減少し、新しい状態が出現している。つまり、物質のエネルギー密度が減少した最近になって、これまで一定の値でほかの構成物質のエネルギー密度の影に埋もれていた宇宙定数Λ(ダークエネルギー)がようやく表面に出てきて影響し始めたと考えられるのだ。

DESIの観測結果は、宇宙標準モデルである「ΛCDM」が予測するものとは微妙に異なる点がみられると、セオ准教授はいう。

「宇宙定数(Λ)は宇宙の密度が時間を経ても変わらないことを前提としています。宇宙空間が膨張すると新しい空間ができますよね? 宇宙定数の意味することは、時間が経つにつれて新しい空間に付随する真空のエネルギーが増えることを考慮しても、宇宙の密度は変わらないということです」

真空エネルギーとは、場の量子論で理論的に存在が予想される空間自体がもつエネルギーのことだ。量子論によれば、真空は何もない空間ではなく、粒子・反粒子が出現したり消失したりすることで真空エネルギーと呼ばれる莫大なエネルギーを生み出しているという。そして、この真空エネルギーこそが宇宙定数(Λ)、もしくはダークエネルギーの最有力候補だ。

しかし、量子力学によって導き出せる真空エネルギーの予測値と、一般相対性理論を使用した実際の観測値は、悲しいほど相容れない。

「膨張に伴い、大量の真空エネルギーが生まれるので密度は一定になりますが、もしかするとダークエネルギーは一定ではないのかもしれません。さまざまな観測をもとにした宇宙の膨張史からは、ダークエネルギーは時間とともに変化するように見えるのです」と、セオ准教授は説明する。「それは、ダークエネルギーの密度は宇宙定数から乖離している可能性がある、というヒントになります」

そうなると、ダークエネルギーは真空エネルギーとは異なった動向を示すのかもしれない。したがって、DESIの5年間の調査でダークエネルギーが時間とともに変化することを発見できたなら、なぜ観測結果が量子力学と一致しないのかを説明できるかもしれない。これは、ダークエネルギーが一定であり、宇宙定数と同質のものだという標準宇宙モデルの仮定を再考する必要があることを示唆している。

「しかし興味深いことに、アインシュタインの宇宙定数を取り入れたΛCDM宇宙モデルは、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)や低赤方偏移観測といった観測データとは非常にうまく一致するのです」

つまり、いまのところダークエネルギーとダークマターを仮定した“膨張する宇宙モデル”とその物理学は、宇宙の骨組み、銀河の大規模構造、宇宙の誕生から現在までの姿などを、うまく説明できている。いくつか考えなくてはならない例外が出てきたとしてもだ。

「これがなぜなのか、そしてこの宇宙定数(Λ)を取り入れたモデルの限界がどこにあるのかを、宇宙望遠鏡などの新しい観測から探るのが課題となっています」

幸いなことにDESIのほか、今年に入ってチリで稼働を始めたヴェラ・C・ルービン天文台とサイモンズ天文台、2024年に観測を開始した欧州宇宙機関(ESA)のユークリッド宇宙望遠鏡、その他の実験による大規模構造の測定によって、「ハッブルの緊張」と呼ばれる食い違いが実在するかどうかがより正確な測定で確認できるようになる。 また、これまで提案されてきた宇宙の標準モデルに対する代替案の多くを、徹底的に検証できるようにもなるはずだ。

もしダークエネルギーがこれまで考えられていた定数(Λ)ではなく変化するものなのであれば、それはハッブル定数や、初期の宇宙の状態にもかかわってくる大発見だろう。

いずれにせよ、宇宙論者にとってはエキサイティングな時代だ。宇宙の謎が解き明かされる過程を存分に楽しんでほしい。

雑誌『WIRED』日本版 VOL.56「Quantumpedia:その先の量子コンピューター」好評発売中!

従来の古典コンピューターが、「人間が設計した論理と回路」によって【計算を定義する】ものだとすれば、量子コンピューターは、「自然そのものがもつ情報処理のリズム」──複数の可能性がゆらぐように共存し、それらが干渉し、もつれ合いながら、最適な解へと収束していく流れ──に乗ることで、【計算を引き出す】アプローチと捉えることができる。言い換えるなら、自然の深層に刻まれた無数の可能態と、われら人類との“結び目”になりうる存在。それが、量子コンピューターだ。そんな量子コンピューターは、これからの社会に、文化に、産業に、いかなる変革をもたらすのだろうか? 来たるべき「2030年代(クオンタム・エイジ)」に向けた必読の「量子技術百科(クオンタムペディア)」!詳細はこちら

関連記事: