「背負うことは重い」横浜F・マリノス、植中朝日が苦悩する最中に差した一筋の光。「そういう人が近くに…」【コラム】

 明治安田J1リーグが18日に各地で行われ、横浜F・マリノスはホームで浦和レッズと対戦し、4-0で完勝した。今季は一時リーグ最下位に沈んでいた名門が、残留に向けて大きな1勝をあげた。この試合で1ゴール1アシストの活躍を見せた植中朝日は、ここからのラスト4戦でもキーマンとしてチームを牽引する。(取材・文:元川悦子)

「1ゴール以上の価値があったかなと」

【写真:Getty Images】

 最終盤を迎えた2025年J1。今季開幕から予想外の苦境に直面してきた横浜F・マリノスは、ラスト5戦の段階で勝ち点31の17位につけていた。勝ち点では18位・横浜FCと並んでいたが、得失点で4上回り、何とかギリギリJ2降格圏を抜け出している状態だった。

 現場が苦しんでいる中、親会社・日産自動車のマリノス身売話も表面化。チームも揺れ動くことになったが、雑音を封印してJ1残留を確実にするしかない。そのためにも、10月18日の浦和レッズ戦は絶対に負けられない大一番だった。

 負傷者の影響もあり、この日のマリノスはベンチ入りメンバーを1人減らして大一番に挑まなければならなかった。それでも、キャプテン・喜田拓也が中心となって、10月代表ウィークの2週間で準備を徹底。自分たちの戦い方を確実にピッチ上で示そうとしていた。

 それを率先して実践したのが、植中朝日だ。4−2−1−3のトップ下に陣取った背番号14は最前線の谷村海那と連係し、序盤から凄まじいハイプレスを体現。浦和のビルドアップのミスを見逃さず、開始6分に根本健太からボールを奪取。谷村にラストパスを供給し、貴重な先制点をお膳立てしたのである。

「相手のミスではありましたけど、うまくゴールにつながってよかった。チーム全体の心にゆとりができたというか、そういう意味で、1ゴール以上の価値があったかなと思います」と本人も語気を強めたが、崖っぷちに立たされているチームにとって、力強い1点になったのは事実だ。

「それが今日は結果的にアシストとゴールになっただけ」

 植中が守備のスイッチを入れたことも奏功し、マリノスはここからギアを上げ、ゴールを重ねていく。34分にはジョルディ・クルークスの右コーナーキック(CK)からジェイソン・キニョーネスがヘッドで2点目をゲット。前半終了間際にはキニョーネスが倒され、得たPKをクルークスが確実に仕留めて3-0とリードする。

 そして迎えた前半アディショナルタイム。左CKの流れから井上健太が右サイドを縦に打開。マイナスクロスを入れたところに飛び込んだのが植中だった。背番号14は迷わず左足を一閃。7月20日の名古屋グランパス戦以来、3か月ぶりの今季5ゴール目を手に入れた。

 マリノスは前半だけで4-0にし、勝利を決定的にしたが、植中のゴールはそういう意味でも価値ある一撃だったと言っていい。

「井上選手が深い位置まで運んでくれた。なかなか決め切れていなかったけど、練習してきたんで、それが決まってよかったです。

 自分は前線なんで、ずっとゴールは意識していましたけど、点を取れない時も『チームのために』という気持ちは持ち続けていた。それが今日は結果的にアシストとゴールになっただけ。『チームのために』というのを一番にしてやり続けたいです」と23歳のFWはあくまで献身的姿勢を貫いたのだ。

 マリノス3シーズン目の今季は植中にとって非常に難しいシーズンだったに違いない。開幕時点の主力だったアンでルソン・ロペスらブラジル人トリオが揃って退団。新加入の遠野大弥も長期離脱を強いられ、谷村ら新加入のアタッカー陣と攻撃を組み立てていく作業は容易ではなかっただろう。

 大島秀夫監督就任から1か月が経過した7月下旬以降、背番号14はコンスタントにピッチに立っていたが、得点を強く求められながらも目に見える結果が残せない。本人も苦悩の時間を過ごしたに違いない。

「やっぱり日本人の監督なので…」

 こうした中、近くで寄り添ってくれたのが、かつてマリノスのFWだった大島監督だ。この2週間も一緒にシュート練習に取り組み、さまざまなアドバイスも送ってくれたという。

「やっぱり日本人の監督なので、細かいコミュニケーションが取れるのはデカい。やるべきことがよりハッキリしたので、あとはそれを100%やるだけだと思いました。

 もしかしたら、そのやり方は自分たちがやりたいこととは別のことかもしれないけど、みんなそれを分かったうえで、同じ方向を向いてやれている。それが浦和に勝てた要因かなと感じます。

 自分もシュートのところはこの中断期間も監督と一緒にやったりした。偉大な選手だったと思うし、そういう人が近くにいるんで、いろんなものを吸収しようとしています」

 植中は神妙な面持ちでこう語ったが、大島監督自身も現役時代は複数指揮官の下で多彩なタスクを課されながら、ゴールを求められてきた経験がある。

 2005〜2008年のマリノス時代を振り返っても、14ゴールと目覚ましい数字を残した2007年のようなシーズンもあれば、4点にとどまった2006年のような年もあった。

 当時のマリノスは松田直樹、中澤佑二ら個性豊かなタレントが揃い、全員が名門の看板を背負って戦っていた。大島監督自身もその重さをひしひしと感じたことだろう。その経験値も生かしながら、今は植中にアプローチしているはずだ。

「マリノスを背負うことは重いです」

 植中自身も「マリノスを背負うことは重いです。でもそのプレッシャーを跳ねのけるくらいの力をつけたい」と話していたが、かつてFWだった指揮官に後押しされる部分も大いにあるだろう。

「(大島監督とは)プレースタイルがたぶん、全然違うんで 参考にできる部分とできない部分がありますけど、メンタリティのところだったりは重なる部分もあると思うんで。もちろん大島さんだけじゃなくて、いい経験をしているスタッフ・選手も多いので、アドバイスをできるだけ吸収して、自分のものにできるようにしているつもりです」

 背番号14は指揮官を筆頭に多くの人のサポートを受け、必死に這い上がろうともがいてきた。浦和戦の1ゴール・1アシストで得た自信は少なくない。それを今季ラスト4戦で遺憾なく発揮し、残留の原動力にするしかないのだ。

 浦和を4-0で一蹴したことで、マリノスは勝ち点を34に伸ばすことに成功。横浜FCよりは少し有利な立場でラスト4試合に挑める状況になった。とはいえ、残りカードはサンフレッチェ広島、京都サンガF.C.、セレッソ大阪、鹿島アントラーズと上位陣が続く。

 難敵撃破のためにも、この日見せたような一体感ある守備からの速い攻めを継続することが肝要だ。植中がキーマンになるのは間違いない。彼には持てる全ての力を出し切って、名門を救ってほしいものである。

(取材・文:元川悦子)

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