【中国ウオッチ】中国党指導部で衝撃人事◇習近平派の勢力減退か:時事ドットコム
中国共産党指導部で人事を担当する中央組織部長と中央統一戦線(統戦)工作部長が突然、入れ替わった。党内の常識に反する衝撃的な人事異動で、習近平国家主席派とみられる中央組織部長にとっては事実上の降格。習派の勢力が衰え始めたことを示すとの見方もある。(時事通信解説委員 西村哲也)
4月2日の新華社電などによると、中央組織部長だった李幹傑氏が中央統戦部長として、中央統戦部長だった石泰峰氏が中央組織部長として、それぞれ同日の公式行事に参加した。2人はいずれも党指導部メンバーの政治局員。企業で言えば、取締役に当たる。3月31日の政治局会議で入れ替え人事が決まったようだ。
そもそも、政治局員レベルの異動は、5年に1回開かれる党大会以外では非常に少ない。党中央主要部門のトップ入れ替えとなると、前例がない。
李氏は60歳で、原子力安全関係のエンジニア出身。習主席の清華大学人脈に連なり、習主席の信頼が特に厚い陳希・前中央組織部長の引きで山東省党委書記から同部長に抜てきされたといわれる。数少ない50代での政治局入りだった。
一方、石氏は幹部養成機関である中央党校教官出身の68歳。習主席が国家副主席と党中央書記局筆頭書記(幹事長に相当)、中央党校校長を兼ねていた頃、同校副校長として3年仕えたことから、習主席に近いという説がある。
しかし、実際には、石氏が同校幹部として最も長く仕えた校長は、国家副主席時代の胡錦濤氏。10年も胡校長の下で働き、副校長に昇進。44歳という若さでの抜てきだった。さらに、江蘇省党委の常務委員に転じ、官僚として出世するコースに乗った時期の中央組織部長は、当時の胡国家主席の側近、李源潮氏(元江蘇省党委書記)だった。
興味深いのは、石氏が中央党校と江蘇省党委の両方で組織部長を担当したことだ。その組織運営能力が胡主席らから評価されていたことが分かる。今回の中央組織部長起用も、同じ評価に基づく人事とみられる。
石氏は李克強前首相(故人)と同じく改革・開放の初期に北京大学で法律を学んだ。年が一つしか違わない同窓生という関係だ。胡錦濤、李源潮、李克強の3氏はいずれも共産主義青年団(共青団)出身で、いわゆる団派の主要人物。このため、石氏は団派に近いと考えるのが自然だろう。
江蘇省長、寧夏回族自治区党委書記、内モンゴル自治区党委書記と閣僚級ポストを歴任したものの、2022年秋の第20回党大会直前に公式シンクタンクの社会科学院長へ異動。閣僚級の定年(65歳)に達して、政治の第一線から退いた形だったが、どういうわけか、統戦部長・政治局員として党指導部に入った。
中央党校時代に仕えた習主席や江蘇省長時代の上司(同省党委書記)だった習派の李強首相との関係も良かったのもしれない。寧夏と内モンゴルでの強硬な少数民族政策が評価されたともいわれるが、いずれもしても、例外的な非主流派枠での指導部入りという印象が強かった。
党中央の最重要部門
中央組織部は、党指導部の事務を取り仕切る中央弁公庁と並ぶ党の最重要部門。党組織だけでなく、政府機関や国有大企業などの人事権を持つ。その部長は政治局員級ポストで、普通は政権主流派が占める。歴代部長は企業の代表取締役に相当する政治局常務委員に昇格したケースが多い。現政治局常務委ナンバー3で全国人民代表大会(全人代=国会)常務委員長の趙楽際氏も同部長経験者だ。
これに対し、中央統戦部は共産党以外の勢力(台湾・香港を含む)取り込みという重要な役割を担うものの、歴代の部長は政治局員ではないケースが多かった。その後、政治局常務委員になった例は全くない。
統戦部長が筆頭副主席を兼ねる国政諮問機関の人民政治協商会議(政協)は、格が高いが、政治の実権も立法権もない。現政協指導部では、政権中枢から追われた胡春華前副首相ら団派の数人が余生を過ごしている。
なお、入れ替え人事ではないが、胡主席時代に中央弁公庁の令計画主任が統戦部長に異動。不正疑惑による事実上の左遷といわれ、令氏はその後、収賄などの罪で無期懲役の刑となった。
つまり、同じ中央の部長といっても、組織部長の実権は統戦部長よりはるかに大きく、さらなる昇進の可能性も高い。このため、今回のように主流派の組織部長と非主流派の統戦部長が入れ替わる人事は衝撃的であり、異例と言うより異変と言うべきだろう。
李幹傑氏はこれまで、次期政治局常務委員の候補とみられてきたが、今回の人事で常務委入りの可能性は非常に小さくなった。
3期目の習政権では昨年11月、習主席の代理人として軍高官の人事を牛耳っていた中央軍事委政治工作部の苗華主任(中央軍事委員)が規律違反の疑いで停職となった。習派は、半年の間に党と軍両方の人事担当ポストを失ったことになる。
中央軍事委の異変
習主席が率いる中央軍事委でナンバー3(制服組序列2位)の地位にある何衛東副主席(政治局員)も全人代の第14期第3回会議(3月5~11日)の後、公の場に姿を見せず、4月2日に北京郊外で行われた同市と軍などの植樹活動にも参加しなかった。この活動は春恒例の行事で、中央軍事委員の軍人は全員参加してきた。
しかし、今回は停職中の苗主任だけでなく、何副主席も現れなかった。2人はいずれも習派の福建閥に属する。福建閥以外の張又侠筆頭副主席(制服組トップ、政治局員)ら他の中央軍事委員3人は正常に活動している。
国防省報道官は3月27日の記者会見で何副主席の失脚説について問われたが、「その方面の情報はなく、状況は分からない」と答え、否定しなかった。昨年11月の記者会見で董軍国防相が不正疑惑で調べられているという報道を「完全な捏造(ねつぞう)だ」と明確に否定したのとは全く異なる対応だ。
これらの公式情報から、何副主席は反腐敗で党規律検査委の取り調べを受けている可能性がある。腐敗調査の対象になっても、すぐに拘束されるとは限らないが、行動は制限される。苗主任に加えて、何副主席も失脚すれば、習主席の軍に対する掌握力がさらに弱まることになる。権力基盤への影響は避けられないだろう。
また、カンボジアのリアム海軍基地で4月5日、中国の援助で進められていた拡張工事完了と両国軍の合同訓練施設オープンの式典が行われ、フン・マネット首相が出席したが、中国の代表は連合参謀部の副参謀長(参謀次長)。本来なら、軍事外交を担う董国防相か、より高位の中央軍事委員が出るべき行事なのに、なぜか誰も参加しなかった。
習主席が3月20日、昆明(雲南省)駐屯部隊幹部らと会見した時も、これまでの地方部隊視察と違って、中央軍事委副主席はどちらも同行しなかった。他の中央軍事委員の随行もなく、中央軍事委主席として異例の「一人旅」となった。
また、同31日の政治局会議で行われた今期(第20期)党中央の規律状況巡視に関する第4回総合報告の公式報道では、第1~3回の報告時にあった「習近平同志を核心とする党中央」という表現が消えた。会議で誰も「習核心」を口にしなかったのか、それとも、会議で出たのに公式報道で伏せたのかは不明だが、習主席のワンマン指導者としての権威が弱まっていることを感じさせる現象である。
(2025年4月9日)