MLB:大谷翔平、物理学が解き明かす異能
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アラン・ネイサンという、メジャーリーグの世界では知らない人がいない、というほどの物理学者がいる。イリノイ大の名誉教授で、野球というスポーツを物理学の視点から長年研究しており、本コラムでも度々紹介してきた。
専門は、「バットとボールの衝突」と「ボールの飛行」。バットとボールの衝突とは、例えば、アタックアングル(コンタクトの後、地面に対してどんな角度で芯の位置が動いているか)、スイングスピード(コンタクトの瞬間のバットスピード。コンタクトの位置で計測)、球速などが、バットとボールが衝突した際にどんな力をもたらし、それが打球初速や角度、ひいては飛距離にどう影響するのか、という研究のこと。
現在、大谷翔平(ドジャース)がホームランを打った場合、打球初速100マイル(時速160キロ)、打球角度28度、飛距離400フィート(121メートル)といった具合にすぐにデータが出るが、そうした数値というのは、ネイサン名誉教授が積み重ねてきた研究が基礎となっている。
そのネイサン名誉教授が大谷を分析するとどうなるのか?
今季の前半終了直前、イリノイ州シャンペーンにあるネイサン名誉教授の研究室を訪ねると、2つのデータに注目していると教えてくれた。
まずは「衝突効率」。その原理は、ネイサン名誉教授の2003年2月の論文「Characterizing the performance of baseball bats」に書かれており、バットとボールが衝突した際、バットの運動エネルギーがどれだけ効率的にボールに伝わったかを示す指標のことだ。もう少しかみ砕けば、バットがボールに与えたエネルギーのうち、どれくらいボールの飛距離に影響を及ぼしたか、ということになる。昨年からスイングスピードが公開されるようになったことで、この数値は一般でも計算できるようになった。その式がこちら。
衝突効率=打球初速-衝突時のスイングスピード/衝突時のスイングスピード+球速
難しく感じるかもしれないが、スイングスピードさえ分かれば、計算は簡単。仮にスイングスピードが75マイル、打球初速が110マイル、球速が90マイルだとしら、衝突効率の計算式は「110-75/75+90」で求められ、約0.21となる。
もちろん、平均値がここまで大きくなることはなく、0.13を超えれば効率が高いということなるが、「それだけで遠くへ飛ばせるわけではない」とネイサン名誉教授。「そこではある程度のスイングスピードも求められる。その両立が難しい」
スイングスピードが遅い方が芯で捉えやすいので、衝突効率そのものは高くなる。しかし、飛距離が出ない。スイングスピードが速い方が飛距離は出るが、その分、衝突効率が低くなる。
例えでよく使われるのは、釘を打つ動作。金づちを大きく上から振り下ろして、打撃面の芯で釘を捉えられれば一発で深く打ち込めるが、失敗のリスクも高まる。一方、振り幅を小さくすれば、芯でたたく確実性は高まるが、何度も繰り返さなければいけない。
ただ、ネイサン名誉教授が大谷のデータを算出したところ、大谷は、大きく金づちを振りかぶっているにもかかわらず、一発で釘を打ち込んでいることがわかったという。それを図示したのが次のグラフだ。
2024〜25年前半を対象にしてスイングスピードを横軸、衝突効率を縦軸に取り、赤い点が大谷を示している。スイングスピードの平均が75マイルを超えている選手の中では、突出して衝突効率が高いことが分かる。「つまり翔平は、スイングスピードの速さとボールを芯で捉える割合を両立させているというわけだ」
もうひとつ、「興味深い」ということで示してくれたのが、「打球角度(ランチアングル)と打球初速の関係」だ。グラフそのものはネイサン名誉教授の下で学んだ卒業生の論文からの引用だが、その卒業生の方というのは日本人。近く会う機会があるので、その後、改めて深掘りしたいが、今回、その一部を紹介しておこう。
打球角度と打球初速の関係を示したのが以下の図で、どの打球角度のとき、打球初速が速くなるかを表している。黒い曲線で示した大谷の場合、18度までは角度が上がるのに比例して打球初速も上がっているが、その後は徐々に打球初速が下がっていることが分かる。この論文では、その分岐点を「ピークランチアングル」と定義している。
ピークランチアングルのメジャー平均は14度で、大谷の18度とは開きがある。ピークランチアングルの値が大きくなればなるほど、打球初速に関わらず本塁打の割合が高くなる傾向があるが、空振り率や三振の割合も高くなるという。
データアナリストらとは違うユニークな視点で、専門によって野球の見方が異なることが興味深い。データ的に大谷の評価は出尽くした感があったが、まだまだ、底が見えない奥深さがあるようだ。
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