『あんぱん』日本はもう飢えてなかった時代、やなせたかしが「アンパンを配って撃ち落されるおじさん」を書いた理由は?

『あんぱん』第24週では、顔がおじさんのアンパンマンが登場しました。はたしてどのような物語だったのでしょうか?

柳井嵩役の北村匠海さん(2020年11月、時事通信フォト)

 NHKの連続テレビ小説『あんぱん』は、やなせたかしさんと妻の暢(のぶ)さんの人生をモデルにした物語です。第24週「あんぱんまん誕生」では、やなせさんの代表作『アンパンマン』が誕生する経緯が描かれています。

 第116話では、「柳井嵩(演:北村匠海)」の口から、顔がおじさんのアンパンマンの物語について語られました。多くの人が知っている、顔があんぱんの形をしているアンパンマンの原点といえるキャラクターです。

 顔がおじさんのアンパンマンの物語は、やなせさんが1969年に雑誌『PHP』に大人向け童話として執筆しました。こちらは、サンリオから刊行された短編メルヘン集『十二の真珠』に収録されています。「アンパンマン」の物語をあらためて振り返ってみましょう。

 こちらのアンパンマンの見た目は、全身こげ茶色でひどく太っていて、顔は丸くて目は小さく、ダンゴ鼻という、まったく不格好なものです。話しかけてきた少年に、アンパンマンは「きみにアンパンをあげようか」と言いますが、少年には「アンパンより、ソフト・クリームのほうがいい」と断られてしまいます。

 アンパンマンは「世界マンガ主人公かいぎ」に出席していた「スーパーマン」や「バットマン」から「ニセモノだ」「おっこちろ」と一斉に叫ばれても、空を飛び続けます。目的地は、戦争が続いて、野も山もすっかり焼けただれた国です。

 アンパンマンは飢えて死にそうになっていた子供たちの前に現れて、空から焼きたてのあんぱんを子供たちに落としました。アンパンマンは子供たちにこう声をかけます。

「しっかりするんだ。死んじゃいけない。私は何度でもアンパンをはこんでくるぞ」

 しかし、アンパンマンを飛行機と間違えた高射砲が火を噴き、胸から白い煙があがります。挿絵では、弾が命中して悶絶しているアンパンマンが描かれていますが、アンパンマンの生死はわかりません。

『あんぱん』でも語られたように、お腹を空かせた子供たちのために、アンパンマンは空を飛び続けているはずです。物語は次の詩で締めくくられます。

「それゆけアンパンマン ころされたって死ぬものか おなかをすかして泣いている ひもじい子どもの友だちだ 正義の味方アンパンマン」

 この『アンパンマン』が描かれた頃、日本は「飽食の時代」と言われ、ほとんどの人は食べ物に困っていませんでした。一方、ナイジェリアでは1967年から70年にかけてビアフラ戦争という内戦が起こっており、飢餓、病気、虐殺によって150万人が死んでいます。特に、骨と皮だけになってやせ細り、お腹だけが異様に膨らんだ栄養失調の子供の写真が報道されて、世界中に衝撃を与えました。

 やなせさんも、おそらくこの報道を目にしたのではないかと思われます。だから、アンパンマンは「野も山もすっかり焼けただれた国」を目指したのでしょう。アンパンマンめがけて放たれる高射砲は、戦争という現実の無情さを表現しています。

 フィクションはいつも現実と地続きです。太平洋戦争で飢餓を味わったやなせさんは、顔がおじさんのアンパンマンに、お腹をすかせて死にそうになっている子供たちに食べ物を分け与えるという「逆転しない正義」を体現させました。この精神が、顔があんぱんの形をしているアンパンマンに引き継がれていくのです。

(大山くまお)

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