量子物理学が「宇宙の輪廻転生」を否定――我々の宇宙は一度限りのものだった
「宇宙の始まりはどうなっていたんだろう?」
星空を見上げるとき、誰しもが一度はそんな疑問を抱くものです。
科学者たちもまた同じような問いを抱き、宇宙が誕生した瞬間を理解するために長年研究を続けてきました。
現在広く知られているのは、「宇宙は138億年前にビッグバンという大爆発で始まった」という考え方です。
しかし、この理論にはずっと解けない難問がありました。
それは「特異点」と呼ばれるものの存在です。
特異点とは簡単に言うと、密度や重力が無限大になってしまう場所のことです。
例えばブラックホールの中心では重力が極限まで強くなり、物理学の方程式が意味を失ってしまいます。
1965年、ロジャー・ペンローズという科学者が一般相対性理論に基づいて、「ブラックホールができると必ず特異点が現れる」と数学的に証明しました。
その後、スティーブン・ホーキングがこの理論を宇宙の誕生にまで拡張し、「宇宙もまた特異点から始まったのだ」と示したのです。
しかしこの特異点という概念は多くの科学者を悩ませてきました。
なぜなら、物理学者にとって物理法則が通用しない領域があるというのは大きな困りごとだからです。
そのため一部の科学者たちは、「なんとか特異点を避けることはできないだろうか?」と考え始めました。
そこで近年注目を集めている量子重力理論という新しい分野です。
これは重力に量子力学の考え方を取り入れ、従来の物理法則では説明できない現象にもアプローチする理論です。
実際に、量子力学の世界では常識外れなことがよく起こります。
例えば、真空中でもごく短時間だけ負のエネルギーが現れる現象(カシミール効果)や、ブラックホールがエネルギーを放出するホーキング放射という不思議な現象が知られています。
これは従来の特異点定理が前提としている「エネルギーはどこでも負にならない」という仮定を根本的に揺るがすものです。
そのため現在の物理学界では特異点重視派と回避派が理論的なしのぎを削っている状況にあります。
SF好きの人にとって特異点の存在はワクワクの源ですが、物理学者の中には、特異点が回避される方が好ましいと考える人もいるからです。
そしてこの両派閥の違いは、宇宙の始まり方にも及んでおり、特異点回避派の人々の打ち立てた理論を積み重ねていくと宇宙の始まりについても新しい見え方「ビッグバウンス」がでてきました。
このビッグバウンス理論では、「宇宙は一回だけでなく、何度も膨張と収縮を繰り返している」という考え方です。
私たちの宇宙が始まる前にも別の宇宙が存在し、それが収縮(ビッグクランチ)して一点に近づいたときに、量子力学の効果で再び反発(バウンス)して新しい宇宙が生まれる、というわけです。
宇宙そのものが輪廻転生するイメージと言えるでしょう。
このビッグバウンスモデルにはいくつかの魅力があります。
第一に、完全な特異点の形成を回避できる可能性があることです。
無限大の密度に到達する前に量子効果が働けば、特異点の問題を避けて宇宙を説明できるかもしれません。
第二に、多くの人が抱く「ではビッグバンの前には何があったのか?」という一般の人の素朴な疑問にも「前の宇宙があった」と答えられるため、科学的にも物語的にも興味を惹くものでした。
他にもループ量子重力理論などのアプローチでは特異点を回避してビッグバウンスを起こせる可能性が示唆されています。
ループ量子重力理論では、時空は滑らかで連続的なものではなく、非常に小さなスケールでは「量子的に粒状の構造」を持っていると考えます。
言い換えると、時空を無限に細かく分割していってもある一定の小ささでそれ以上分割できない「最小の長さ」が現れます。
のため、時空やエネルギーの密度が無限に小さな一点に集中することができなくなります。ちょうど砂浜の砂粒をいくら集めても点にならず、小さな砂の塊になるように、密度が無限に高くなることが自然に防がれるわけです。
この量子的な粒状構造によって、ブラックホールの中心に向かって重力が無限大に強くなる途中で、「量子効果による反発力」が働く可能性が生まれました。
これはあたかも、バネが縮めば縮むほど強く反発するように、密度がある限界を超えようとすると、量子レベルで新たな力が生じて圧縮を押し返すという仕組みです。
その結果、宇宙は一点に潰れてしまう前に、ある大きさで収縮を止めてしまうのです。
こうして収縮が止まった宇宙は、次の瞬間にはまるで反動をつけてバネが弾けるように、再び急激な膨張を始める可能性があります。
この現象がいわゆる「ビッグバウンス」であり、崩壊した宇宙が再び新たな宇宙として生まれ変わるシナリオです。
このような理論がもし正しければ、私たちの宇宙も過去に崩壊した別の宇宙の内部から、まるでブラックホールの反対側に弾き出されるように誕生したのかもしれません。
言い換えると、「私たちの宇宙は、別の宇宙が生み出したブラックホールの中から誕生した可能性もある」という驚くべき可能性が生まれます。
ところがビッグバウンスには大きな疑問もあります。
特にエントロピー(熱的無秩序)の問題です。
宇宙が一度収縮に向かうと、星や銀河はブラックホールに飲み込まれ、エントロピー(乱雑さ)はどんどん増大します。
熱力学第二法則によればエントロピーは時間とともに増大こそすれ、自然に減少することはありません。
では、崩壊しきって極限まで乱雑になった宇宙が、どうやって再び低エントロピー(秩序だった)状態の新宇宙へと生まれ変われるのでしょうか?
この疑問は以前から指摘されており、ビッグバウンス理論の弱点の一つと考えられてきました。
そこで今回研究者たちは、量子力学の視点から宇宙の輪廻転生を起こす「ビッグバウンス理論」が成り立つのか、それとも否定されるのかを、再検証することにしました。