医師免許を持ちながら「医師をしない」時代 「直美」「直在」「直マン」が日本の医療を壊す
いま、研修医を終えた若き医師たちが、外科や救急ではなく美容外科やコンサルファームへと流れる現象が加速しているという。激務・薄給を放置し、診療報酬を巡るロビー活動に終始してきた日本医師会のツケが回ってきたとも言える状況について取材した。
「医療崩壊はもうすでに起こっている、と言ってもいい状況です。特に外科医不足は深刻です」 東京・大田区の「京浜病院」院長で、『2030-2040年 医療の真実』(中公新書ラクレ)の著者・熊谷賴佳氏はそう断言する。 2023年11月、同院で60代の患者が胆嚢摘出を要する状態になった。ところが同エリアの病院にはすべて断られ、担当医が電話をかけ続けてようやく受け入れ先を見つかったのは2時間後だった。胆嚢摘出は外科医2〜3年目の“初心者”でも行える手術だといい、「少し前だったら考えられないような状況」と熊谷氏は話す。 医師不足の連鎖は別の病院にも広がっている。 都内の大学病院では、麻酔科医が一斉に離職し何カ月も手術が不可能になった例もある。別の公的病院では、大学病院からの派遣医が引き揚げられた結果、透析患者を全員転院させるしかなくなった事態も起きている。
外科医不足の根本にあるのは、壮絶な労働環境と報酬の不釣り合いだ。修業期間は10年超、10時間立ちっぱなしの手術に術後ケア・家族説明が加わる。それでいて、ある大病院の消化器外科部長の年収は約1000万円。 ある開業医は 「私の8分の1。私の月収3日分が彼の月収ということです」 と証言する。 かつてヒラリー・クリントン氏が来日した際、勤務医の姿を見て「聖職者さながらの自己犠牲。クレイジーだ」と評し、日本型保険制度の導入を断念したというエピソードが象徴するように、日本の医療は勤務医の自己犠牲の上に辛うじて成り立ってきた側面がある。
こうした環境が若い世代の医師たちの職業選択に直結している。研修医の2年間を終えた後に美容外科へ直行する「直美」、産業医になる「直産」、マッキンゼーなど戦略コンサルに就職する「直マン」が医療界に広まっている。 東大医学部卒にも関わらずIT業界に進み「白衣を着ない」と公言する者も増えた。 「しわ取りの注射をしているだけで年収4000万円。しんどい思いをして保険診療をやるよりいい、と考える若者が増えるのは当然」と先の開業医は言う。直美の人気は高まりにより、今や「湘南美容クリニックを落ちた医師」を指す「湘南落ち」という言葉が生まれるほど、美容外科の競争倍率が跳ね上がっている。
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美容外科の選考に医師の受け皿となっているのが、「直在」。すなわち研修医終了後に直接、在宅医療へと進む道だ。 企業や社会福祉法人が運営する在宅医療組織が、臨床経験のない医師を雇い「血圧を測るだけでいい。点滴は看護師がやる」と指示し1日複数軒を回らせる。背景には、国が在宅医療の保険点数を意図的に高く設定している政策がある。これが訪問診療料という“点数稼ぎ”を助長する構造となっている。 実態として、褥瘡(床ずれ)の処置も、胃ろうや気管チューブの交換もできない医師が「在宅専門医」を名乗る例は珍しくない。 「そんな役に立たない医師より、看護師のほうがよほど患者のことを分かっている」(都内開業内科医)。 一方、看護師が独自の判断で医療措置を行うことは制度上、極めて制約が大きい。医師会が「医師による医療の独占体制が崩れる」として看護師への権限移譲に強く反対しているためだ。 この構造の歪みを放置してきたのが日本医師会だ。国民皆保険導入(1961年)以来、日本医師会は国民の健康よりも開業医の診療報酬点数を最優先に議論し続けてきた、と熊谷氏は指摘する。 *** 【医師不足を加速させる「直美」「直在」「直マン」の悪夢】の記事では、日本医師会の礎を築いた「ケンカ太郎」こと武見太郎元会長の“予言”や、自民党との癒着構造、そして会長選をめぐる「怨恨の連鎖」など、今日の医療政策の機能不全がどのように引き起こされたのかを詳しく報じている。 「週刊新潮」編集部 デイリー新潮編集部
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