旅行アドバイザーに脚光、AIより人が頼り-金融・法律プロが続々転身

「労働時間は半分、収入は4倍になった」。不正調査を専門とする会計士から旅行代理店経営者に転身したリサ・ライヒさんの言葉は、人工知能(AI)を取り入れたオンライン予約全盛の時代に旅行アドバイザーという職業が復活した状況を象徴している。

  ライヒさん(42)は2021年に自身の旅行代理店を立ち上げ、この3年間の年間売り上げはおよそ300万-350万ドル(4億4000万-5億9000万円)だという。

  金融、法律など安定したホワイトカラーの職を離れ、旅行アドバイザーに転身する人が増えている。インターネットによる旅行手配の普及で消滅の危機にあると思われていたこの職業が、いま再び脚光を浴びている。

  リンクトイン上で旅行代理人または旅行アドバイザーと名乗る人の数は過去3年間で50%以上増加し、職種として同期間で5番目に高い伸び率を示している。

  今のところ、需要も伴っている。米旅行業協会(ASTA)によると、宿泊、航空券、アクティビティーなどアドバイザー経由の旅行予約は、来年には米国で1413億ドル規模に達し、市場全体の26%を占める見通しだという。

  ニューヨーク市に本拠を置くCIREトラベルの創業者、エリック・フルーバント氏(48)は 「厳選された提案とサポート」が、オンラインサービスや人工知能(AI)による予約に差を付ける「最大の売り」だと話す。

  フルーバント氏の元には、旅行代理店の仕事はどんな感じか、CIREに初心者向けの求人はあるか、といった問い合わせのメールが週に3件ほど届くという。「職業訓練の会社を始めようかと考えているくらいだ」と、冗談めかして話した。

  フルーバント氏によれば、CIREの超富裕層顧客の中には、年間の個人旅行に軽く10万ドル超を費やす人も珍しくない。平均的な夫婦客でも、年に2回、1週間ずつの旅行で年間およそ4万ドルを使っているという。

  アミラ・ビクスビーさん(58)が転職するきっかけとなったのは、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)だった。

  株式営業トレーダーとしてウォール街で約30年働いてきたが、自宅勤務となったことで、子どもたちが目を覚ます時間に家にいられたのは何年ぶりかだと気づいたという。その後、勤務先が週5日の出社を社員に求めるようになると、ビクスビーさんは働き方を変える時が来たと確信した。

  転職先に選んだのは、以前から親しんでいた旅行業界だった。「私は『ラグジュアリー旅行アドバイザー』を名乗る前から、実質そうだった」と語るビクスビーさんは、友人や顧客の旅行を頻繁に手配しており、娘のラクロスチームの遠征でも、毎シーズンの宿泊先にフォーシーズンズホテルを選ぶなど、旅行の手配役を担っていた。

  今、何よりも重視しているのは、新たに手にした柔軟な働き方だ。

  ビクスビーさんは「どこでも働けるようになると、人生が驚くほど変わる」と話す。息子の卒業に合わせてバージニア大学を訪れたり、イタリアのドロミーティ山地でスキーを楽しんだりしているという。

  米国で旅行アドバイザーとして開業するのは比較的容易で、登録や認定が必要な一部の州を除き、ほとんど誰でも始めることができる。

  多くの新人アドバイザーは、オンライン講座で資格を強化し、一流ホテルや航空会社、ツアー会社との特別提携が可能な大手旅行ネットワークに加盟することで優遇条件にアクセスしている。

  料金体系はアドバイザーによって異なるが、多くの場合、主な収入源は顧客の代わりに予約したホテルやツアー会社から支払われる手数料だ。手数料の割合はサービスによって変動するものの、大手ブランドであれば、予約金額の約10%を受け取るのが一般的だという。

  顧客が旅行アドバイザーを通じて費やす金額もさまざまだが、24年に実施されたASTAのアドバイザー調査によると、最も多かった価格帯は1人1泊100-400ドルで、これに基づくと夫婦2人の1週間の支出はおよそ1400-5600ドルとなる。

  フィラデルフィア在住の法学教授リサ・タッカーさん(57)は、1年ほど前から旅行アドバイザーを利用し、自身と4人の子どもたちの旅行を計画してもらっている。

  4月にローマを訪れた際、宿泊していたブティックホテルで騒がしいパーティーが開かれ、フロントに部屋の変更を求めたものの空きがないと断られてしまった。しかし、「アドバイザーが1本電話をかけただけで、突然プレジデンシャルスイートに移してくれた」という。

  ただ、旅行プランナーへの転身がすぐに収入増に結び付くとは限らない。トロントの元法廷弁護士ジュリア・フラッドさんは、仕事を辞めて旅行アドバイザーになった際、収入が減ることは覚悟していたという。それでも、得られた自由と柔軟性には十分価値があったと話す。

  フラッドさん(34)は「必ずしも働く時間が短くなったというわけではないが、自分がやりたいことを、やりたい場所でできる。南フランスのカフェに座って、誰かの旅行を手配しているかもしれない」と語った。

  旅行業界全体の活況のおかげで、エクスペディア・グループブッキング・ホールディングスなどAIを取り入れたオンライン予約サービスの大手も、旅行アドバイザー人気の復活によって目立った悪影響は受けていない。

  世界旅行ツーリズム協議会(WTTG)によると、今年の旅行業の世界経済への寄与額は11兆7000億ドルに達し、世界の総生産の10.3%を占める見通しだ。30年末までには、この数字が16兆5000億ドルにまで拡大すると予測されている。

  旅行業界への関心の高まりを追い風に、新興の旅行代理店も存在感を強めている。フォラ・トラベルは21年に設立され、旅行アドバイザーを目指す人に向けて、研修や技術、メンター制度やイベントなどへのアクセスを提供している。

  同社は4月、ジョシュ・クシュナー氏率いるスライブ・キャピタルとインサイト・パートナーズが主導する資金調達ラウンドで6000万ドルを調達したと発表した。

  フォラの共同創業者ヘンリー・バスケス氏によると、同社のアドバイザーの約97%は旅行業界未経験者で、86%は女性だ。その多くが子育て中で、仕事の柔軟性に魅力を感じている。業界に入って間もないうちから安定した収入を得る人もいるという。

  「過去3年間で、入社1年目に売り上げ100万ドルを達成したアドバイザーが35人いる」とバスケス氏はインタビューで語った。

原題:$40,000 Vacations Inspire Finance Pros to Become Travel Agents(抜粋)

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