台湾世論が大きく動いた 統一地方選で国民党に逆風 小笠原欣幸台湾・清華大教授
台湾の統一地方選(11月28日投開票)は、台北市長選で野党、中国国民党の現職候補を与党、民主進歩党の候補が猛烈に追い上げるなど民進党の勢いが目立つ。台湾の選挙分析の第一人者で台湾・清華大栄誉講座教授の小笠原欣幸氏に現在の情勢について聞いた。
台北で民進党に勢い
--台北市長選の情勢をどう分析するか
民進党候補の沈伯洋氏が9月以降、急速に追い上げて並んだとみている。6月の時点では国民党候補の蔣万安・台北市長が大幅リードという状況で、蔣氏の得票率が60%を超えるかどうか、沈氏がどこまで善戦できるかが焦点という状況だった。あと1カ月あるので断定は危険だが、追い上げた沈氏のほうに勢いがある状況だ。
選挙戦全体でも民進党に追い風、国民党に逆風という状況がはっきりしてきた。本来は新北市長選が今回の最大の決戦場だ。今年に入って民進党候補の蘇巧慧氏が国民党候補の李四川氏を徐々に追い上げ、春ぐらいに並び、9月以降わずかにリードした状態とみている。もし民進党が新北、台北の一つでも勝てば大きな勝利となる。
国民党、やりすぎで失敗
--民進党が勢いを増している要因は
背景として、中央レベルでの与野党の攻防で、国民党がやりすぎて失敗した。立法院(国会に相当)で多数を占める野党の抵抗戦術により、1月から始まる今年度の予算が8月にようやく通過した。その過程で、日本の官房機密費に近い「総統機密費」が全額カットされ、慣習として9月の中秋節に各団体に配っていた月餅の購入費もなくなった。福祉団体などを含む中小零細の月餅業者は苦境に陥り、有権者にやりすぎだという反感が広がった。
2年以上にわたり与野党対立が続く中、有権者にわかりやすい月餅問題が浮上し、国民党は議会の多数派という立場を利用して政府に嫌がらせをする戦術をとっていると受け止められ、野党への好感度が明確に下がった。つまり月餅問題がきっかけで、与野党の攻防自体に対する世論の見方が大きく動いた。
台北で野党現職もたつく
--沈伯洋氏の「洋流」と呼ばれるブームをどうみるか
洋流が単独で出てきたというよりも、与野党対立を巡る世論が動いたタイミングとうまく一致し、沈氏への期待感が高まった。もう一つは蔣氏が予想以上にもたついた。去年から今年にかけて蔣氏の人気は高く、2028年の次期総統選の国民党候補として世論調査でトップになったこともあった。
しかし選挙戦で大きくリードしていた蔣氏が安全策をとり、市政問題を巡るメディア対応などで消極的な対応が目立つようになった。それとは対照的に、挑戦者の沈氏は国民党寄りの評論家の討論番組などにも積極的に出演し、どんな質問にも丁寧に答えて大いに注目を集めた。
沈氏の陣営は9月から強烈なダッシュをかける短期決戦の下準備をしていた。今のところ沈氏の戦略が見事に当たったと思う。
沈氏個人の能力も非常に高い。民進党の中でも弁が立ち頭の回転も速く演説がうまい。(2000~08年に総統を務めた)陳水扁氏を想起させる。陳氏は1994年の台北市長選で明るい雰囲気の選挙戦を展開して中間層を引き付け、三つ巴の争いを勝ち抜いた。国民党が強固な基盤を持つ台湾市で、もし沈氏が国民党との一騎打ちに勝てば陳氏を超えることになる。陳氏が再選を果たせなかった98年の台北市長選での得票率45.91%が同市長選における民進党の最高得票率だ。私の情勢判断では、沈氏はすでに46%の支持を固めており、その上をうかがう展開だ。当選も射程圏に入っているとみている。
--世論調査の結果や人気が実際の得票に結びつかない「上滑り」現象が沈氏陣営に起こる可能性は
あと1カ月あるので、上滑りの可能性は常に頭に入れておかないといけない。しかしここまで勢いが大きくなると「(勝ちそうな候補者に人が集まる)バンドワゴン効果」が発揮される可能性もあるとみている。沈陣営は9月から猛ダッシュをしかけて11月にピークを持ってくる戦術なので、がくんと下がることにはならないのではないか。
国民党、新北敗北なら総統選に痛手
--民進党が台北市で届かなくても、新北市で勝てば民進党勝利といえるか
そうだ。新北市は台湾で最多の人口を擁し、戦略的拠点だ。国民党が新北市を落とせば、22県市の首長のうち13、14ほど取って数の上で上回ったとしても、民進党が事実上勝利したといえるだろう。
嘉義市、彰化県、宜蘭県の首長は民進党が奪い返す可能性が高い。加えて新北市、新竹県もその可能性がある。一方で澎湖県は民進党が落とすかもしれない。
もし国民党が新北市長選を落とせば、28年の総統選に向けて非常に厳しくなる。仮に台北市長選まで落とせば、巻き返しはほぼ不可能と思う人が増えるだろう。加えて、民進党は台北市で勝てば基隆市のような周辺都市で予想を覆して勝つ可能性も出てくる。
トランプ氏の言動は影響せず
--トランプ米大統領の台湾を巡る言動や、米国は頼りにならないという「疑米論」は、今回の地方選には影響していないか
いまのところ影響していない。9月の習近平・中国国家主席の訪米と米中首脳会談は台湾で注目度が上がらなかった。5月の米中首脳会談後のトランプ氏の発言には、台湾への武器売却は中国とのよい交渉材料になるといった台湾にとって非常にまずい内容があった。本来は民進党政権へのマイナスになる話だが、台湾世論は比較的冷静だ。「疑米論」はもともと台湾にあるが、それが米中首脳会談後に広がったという状況ではない。トランプ氏の発言は非常に不確実で、あてにならないと受け止められて、様子見になっている。これは総統選で議論されるテーマだ。
戦術変更の民進党、変更できない国民党
台湾世論は中国による浸透工作への危機感を抱いているが、武力侵攻は中国側にもリスクがあり、まずは台湾の防衛を固めておけば台湾有事は簡単には発生しないと考えている。こうした中で頼政権が声高に「抗中保台(中国に対抗し台湾を守る)」路線を打ち出すと浮いてしまうので、粛々と抑止力を高める方向に切り替えている。今回は地方選なので、頼総統(民進党主席)と沈氏を含む民進党の全候補がすり合わせて「抗中保台」ではなく地元生活イシューを正面に掲げるようにしている。
台湾の若者は中国との統一にはもちろん反対だが、現状維持が続くという前提に立った上でその先の自分の生活がどうなるのかに関心を持っている。この層を24年の総統選で第2野党、台湾民衆党の柯文哲氏に奪われ民進党は苦境に陥った。頼政権は遅まきながらこの問題に気が付いて、方針を切り替えたのだろう。
台湾の今年の経済成長率は11.05%と予測されている。頼総統はこうした成長の果実を皆で共有しようと訴えた。中国への対抗を声高に主張するのではなく、中国に隷属しなかったために経済も好調なのであり、その分け前をみなで分かち合い現状維持を固めていこうというロジックに切り替えている。
対する国民党は、昨年の(同党立法委員らに対する)リコール(解職請求)闘争で勝った成功体験にとらわれすぎているのではないか。リコール投票と普通の選挙はまったく別物だ。いつまでも「32対0」(リコールが成立しなかった数)を言っていても有権者の期待に応えられないのではないか。
(聞き手 西見由章)