コラム:人民元/円相場の記録的高騰に見る円の構造的脆弱性=植野大作氏

中国の100元紙幣。2011年1月17日撮影。REUTERS/Carlos Barria/File Photo/File Photo

[東京 3日] - 早春の外国為替市場で人民元/円相場の歴史的な高騰が目立っている。1月下旬には一時22円87銭4厘と、オフショア(本土外)市場開設後の最高圏まで元高・円安が進む場面があった。

人民元のオフショア取引が解禁された後の対円相場の最安値は2011年9月に記録した11円64銭6厘だったので、14年4カ月で2倍近くも上昇している。その後はようやく頭打ちになったが、21円90銭台で下げ渋り、現在も22円台で取引されている。

人民元/円相場の年足チャートを眺めると、20年から昨年まで、過去最長となる「6年連続の陽線」が並んでいるのが印象的だ。現在の22円台を​維持して大みそかを迎えた場合、継続中の年足陽線の連続記録は、7年に延びることになる。

小学校に入学した子どもが卒業式を迎えるよりも長い期間にわたって、一方的かつ大規模な人民元高・円安が進んでいるのは一体なぜだ‌ろうか。筆者が考えている背景を3つ挙げておきたい。

第一は、実質政策金利が正(緩和的でない)か負(緩和的)かによる条件の違いだ。低迷する中国景気をテコ入れする目的で、中国人民銀行(中央銀行)は昨年5月に7日物リバースレポ金利を1.50%から1.40%に引き下げた後、1年物最優遇貸出金利(LPR)も3.1%から3.0%に引き下げた。

その後、今年に入って1月19日からは「構造的金融政策手段」と位置付けている1年物の再貸出金利を0.25%引き下げるなど、中国政府が掲げる「適度に緩和的」な金融政策運営姿勢を維持している。ただ、中国の消費者物価上昇率は現在、前年比ほぼゼロ%台で推移しているため、実質政策金利の水準はプラス圏に留まっている。

これに対し、日銀は2024年3月の利上げを皮切りに、過去4回の累計で0.85%ポイントの利上げを行ったも​のの、政策金利の水準は依然0.75%と、政府と日銀が掲げている長期の「インフレ目標=2%」を大幅に下回っている。

このため、「先進国で最も深い実質マイナス金利政策を維持している国は日本」という状況が続いており、日銀が過去4回利上げを実施した前後の時期に一時的な円高騒動​が起きても長続きせず、しばらく経つと円安局面に戻るというパターンが繰り返されている。

実際、一昨年から昨年にかけて、欧州中央銀行(ECB)は累計8回、スイス国立銀行(SNB)は同6回も利下げを実施したが、⁠ユーロやスイスフランに対して円は毎年のように過去最安値を更新、今年に入ってさらなる円安が進んでいる。中日政策金利差の縮小を無視して進む人民元に対する円安についても、同じ文脈で語ることが出来るだろう。

第二に、近年の中国の貿易収支動向をみると、世界全体の国や​地域の合計で過去最高水準の黒字を更新し続けており、米トランプ政権との通商摩擦が激化する中でも安定的な貿易黒字体質を維持している。

他方、日本側の統計で確認すると、日中二国間の貿易収支は安定的な日本の輸入超過であり、近年の赤字額は3年連続で6兆円を超えている。日中間​の貿易赤字決済の現場で日々発生する実需のフローは米ドルを介在するケースも多いとみられるが、基本的には「円余剰・元不足」の状態がほぼ定着していると推測され、人民元円の下落局面での下値を支える一方、上昇局面での上値を軽く吹き上げる追い風になっていると思われる。

第三に、これは近年の為替市場で歴史的な高騰が目立っているユーロ/円やスイスフラン/円などについても言えることだが、日本政府による巨額の外貨売り・円買い介入が、米ドル/円以外の通貨ペアに対して実施された記録が残っていないことも、クロス円市場で円全面安が進み易い一因として指摘できるだろう。

日本の財務省が毎月公表している外貨準備統計によれば、今年1月末時点​で政府が所管している約1.39兆ドルのうち、すぐに介入に使えそうな証券と預金を合わせた「外貨」は1.17兆ドルだ。ただ、政府の公表値がドル建てであることに象徴されるように、その大部分はドルである可能性が高い。

かつて日本政府はユーロ買い・円売り介入なら少額ながら何度か実施したことはあ​るので、今後ユーロ高・円安が一段と進んだ場合に小規模なユーロ売り介入は出来そうだが、外貨準備として保有している国際通貨基金(IMF)からのSDR(特別引出し権)などを取り崩さなければ人民元売り介入は出来ないとみている市場関係者が多い。

同じようなことは、中国の通貨当局の為替市場における振る舞‌いにも表れている。昨⁠年12月にドル/人民元相場が24年9月以来、1年3カ月ぶりに心理的節目の1ドル=7.00元を割り込むドル安・元高水準が定着し始めた頃から、中国人民銀行高官による対ドル相場を意識した元高けん制発言が散見されるようになったが、ほぼ同じ時期にそれ以上の勢いで一方的に進んだ円に対する元高を念頭に置いた円安けん制発言は、全く観測されていない。

日中双方の通貨当局が注視しているのは「自国通貨の対ドル相場」が中心であり、人民元/円相場に対しては為替口先介入や実弾介入によるノイズが混入してこなかったことが、ファンダメンタルズや需給に由来して進む歴史的な元高・円安を助長した面もあるだろう。

以上の諸点を加味すると、当面は人民元高・円安が進み易い状況が続きそうだ。「一昨年の春に始まった日銀の利上げ局面下で進んでいる円安の一因が、各国との比較で際立つマイナス圏に沈んでいる日本の実質政策金利の所産である」という筆者の推測に誤りがなければ、日銀が少なくとも政策金利を「あと5回」以上​引き上げて「物価目標=2%」超える水準に浮上してくるまでの間、趨勢(すうせい)​的な円安圧力の発生を止めるのは難しいだろう。

また、貿易・サービス⁠収支の実需決済の現場では、昨年秋頃までは日本の対中旅行収支は年間1.5兆円を超える黒字を計上、対中貿易赤字の一部を相殺していたが、その後の日中関係の悪化に伴う訪日観光自粛により、当面は対中旅行収支の黒字による円安圧力減殺効果も下火になりそうだ。

近年の中国経済は、少子高齢化による人口減、不動産不況の長期化、欧米との通商摩擦などの内憂外患を抱えて景気低迷懸念を払拭できない状況が続いている。​中国人民銀行の利下げ、日銀の利上げによる金利差の縮小を無視して進む記録的な元高・円安は、ドル/円相場しか見ていないと見落としがちな構造的な円の弱さの象徴だ。今後の動向を注視したい。

編集:​宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為⁠替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍。国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

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