コラム:独仏「核共有の議論」は歴史的転換点となるか、ミュンヘンで見えた「EU4.0」への道筋=唐鎌大輔氏
[東京 26日] - 日本では国内政治の話題が中心になりがちだが、政治・外交というトピックに関して言えば、2月13─14日に開催されたミュンヘン安全保障会議(MSC)の動きも是非知ってほしい。2月中旬は注目を集めるニュースが相次いだが、今回は2点、取り上げたい。1つは米国側の演説が前年と比較すれば融和的であったこと、もう1つは独仏が核共有について議論を開始したことだ。
昨年のMSC(MSC2025)では、米国のバンス副大統領が「欧州にとって最大の脅威はロシアでも中国でもなく、欧州内部の民主主義の欠如」と欧州エリートの政策観を全否定し、ドイツ総選挙の直前、訪独した上で極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」を公然と支持するという暴挙もクローズアップされた。MSC2025は米国とEUの距離感が拡がる歴史的転換点と思えるほど強烈なイベントだった。
これに対し、今年の演説に立ったルビオ米国務長官は穏当だった。ルビオ氏は「われわれは常に欧州の子である」、「米国と欧州は共に属している」と強い融和姿勢を見せた。
とはいえ、真意はバンス氏もルビオ氏も大差はない。ルビオ氏は「同盟国は現状の破綻を正当化せず、修正に向けて必要な措置に向き合ってほしい」と説いている。ここで言及される「必要な措置」とは、ウクライナ戦争ひいては対ロ防衛について、もっと主体的に関与して欲しいという希望にほかならない。米国が望むのはあくまで「同盟国における軍事費の応分負担」であり、欧州においては対ロ防衛への積極的関与である。これを攻撃的な口調で求めたのがバンス氏、融和的な口調で求めたのがルビオ氏という違いでしかない。
ルビオ氏の演説を受けフォンデアライエン欧州委員長を始め複数のEU高官が安堵(あんど)を示す一方、リトアニアのランズベルギス前外相はXで「米政府の基本姿勢からの逸脱ではない。単に丁寧な表現で伝えられただけだ」と指摘している。これが最も実態に沿った認識であろう。
<独仏核共有の読み方>
もう1点、今年のMSCでは独仏の核共有について議論が始まったという事実が注目されている。メルツ独首相は2月13日、マクロン仏大統領と核共有のあり方を巡る議論に着手したという事実を明らかにした。米国依存の安全保障戦略が修正を強いられる以上、必然的に米国の核の傘をあてにした従前の戦略は根本的に成立しなくなる。ゆえに、フランスが保有する核をもって新しいEUの傘とするという展開は必然の帰結に思える。
もちろん、これは域内における独仏のパワーバランスが崩れる議論でもあるため、伝統的に忌避されてきたが、経済が長期停滞局面に入ったと言われるドイツからすれば、もはや背に腹は代えられないというのが実情になるのだろう。総論として「欧州安全保障の戦略的自立」という流れが止まることはもう考えにくい。
しかし、総論で賛成しても資金面の課題が各論をかき乱すのがEUの伝統だ。金融市場の面からは昨年3月から注目されている欧州再軍備計画のファンディング手段に注目が集まる。現状、総額8000億ユーロとされる欧州再軍備計画は「6500億ユーロは各国の自腹(防衛費拡大)、残り1500億ユーロはEUが市場調達する共同債(ただし融資)」という建付けである。この1500億ユーロは「欧州安全保障行動(SAFE)」という名称が付けられている。SAFE部分は「共同債として調達する」という事実ゆえに財政統合の一里塚として注目されているが、厳密な議論をすれば資金の性質はあくまでEUへの返済を義務付けられた相対関係における「融資」に過ぎない。
例えば、イタリアがSAFEから100億ユーロの「融資」を受けた場合、これはイタリアが返済する義務を負う。これに対し「給付」という形態が取られた場合、100億ユーロはEU全体で応分負担の返済が行われるため、各国への財政移転が認められた格好になるが、現実はまだそこまで至っていない。
<ドゴール主義のバージョンアップ>
かたや、パンデミック時に発行された次世代の「ネクストジェネレーションEU(NGEU)」債は総額8000億ユーロの45%部分が「給付」であり、この返済に充当するための独自財源としてEUはプラスチック税などの導入を決めた。つまり、新規歳出に対して新規財源を創造しており、まさに国家的な財政運営に近い。当時からドイツは「これは一度限りの例外」であると強調しており、メルツ氏はこの「給付」にまるわるスキームが現状のSAFEに適用されることを警戒しているが、逆にフランスはこれを希望する立場にある。防衛分野にける共同債(以下EU防衛債)を恒久化させることでEUを1つの政治・経済圏として固めたいというのがマクロン氏の立場であり、資金調達手段というよりも、「統合の触媒」としてEU防衛債を創造すべきという主張である。
ドゴール大統領時代のフランスは冷戦下において、米ソ二大国の「衛星国」になることを拒否し、自前の核抑止力と独自の外交路線を追求していた。結果、米国主導の防衛体制から独立するという意思表示を兼ねて1966年、北大西洋条約機構(NATO)統合軍事機構からの脱退を決断するに至った。こうしたドゴール主義とも呼ばれる思想をフランス一国の次元から「欧州全体の戦略的自律」へと拡大し、提唱しているのがマクロン大統領である。
<グリーンランド・モーメントで納得せざるを得ないドイツ>
グリーンランド・モーメント――マクロン氏が2月に入ってから複数のインタビューで使用したフレーズだ。グリーンランドを巡って生じた米国との混乱について「欧州が改革に踏み切るための警鐘(「ウェイクアップ・コール」)と見なすべき」と同氏は述べた。また、こうした主張の中で「将来の支出を賄うための共同債務の能力、すなわち未来のためのユーロ債を発足させる時が来た。最良のプロジェクトに資金を供給するための大規模な欧州による計画が必要」と共同債の実現に野望を見せる。実際のところ、各国予算の拡張が難しいとすれば、手段はそこにしかない。
現状、こうした主張にドイツは抵抗している。1年前、ドイツは自国の債務ブレーキ法を解除して防衛やインフラについては歳出を認めるようになり、これが市場で好感された。しかし、ドイツの目線はあくまで「自国のため」であって、「EUのため」ではない。この点は、メルケル時代からほとんど進歩が見られない部分だ。
しかし、トランプ政権による欧州への風当たりが変わらないのであれば、恐らく正しいのはマクロン氏の主張だろう。欧州全体の防衛力を改善させるにあたって、そのコストが加盟国の応分の負担になることは何ら不思議ではない。
<「EU4.0」への進化を賭けた議論>
歴史を振り返れば、債務危機やパンデミックなど大きな有事を乗り越えるたびに(ドイツの抵抗に遭いながら)EUは大きな構造変化を受け入れてきた。発足当初をEU1.0とするならば、欧州債務危機で救済基金やECBの非伝統的政策が導入され「EU2.0」にバージョンアップされ、パンデミックからの復興を企図して共同債に先鞭をつけることで「EU3.0」となったと筆者は整理している。今回、EU防衛債が共同債として恒久的な制度となった場合、さしずめ「EU4.0」へと進化する節目になるだろうか。ユーロ圏発足以降、永年の課題と言われていた財政統合(共同債)が議論の俎上(そじょう)に上ってくるのだとすれば、歴史的な転換点となる。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。08年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「弱い円の正体 仮面の黒字国・日本」(日経BP社、24年7月)、「『強い円』はどこへ行ったのか」(日経BP社、22年9月)など。新聞・TVなどメディア出演多数。note「唐鎌Labo」にて今、最も重要と考えるテーマを情報発信中。
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