“後ろから鉄砲”批判に石破前総理が本音「嫌なら議員を辞めたほうがいい!」「それおかしいよねって言うために議員やっているんでしょ?」(東洋経済オンライン)
政治ジャーナリストの青山和弘氏が政党や各界の論客をゲストに招き、日本の政治を深掘りする「青山和弘の政治の見方」。今回はゲストに自民党の石破茂前総理を迎え、「総理時代の最も難しい決断」「SNS時代の政治」「日中関係」などについて聞いた。 ※記事の内容は東洋経済の解説動画シリーズ「青山和弘の政治の見方」の下記の動画から一部を抜粋したものです。外部配信先では動画を視聴できない場合があるため、東洋経済オンライン内、または東洋経済オンラインのYouTubeでご覧ください。 【動画で見る】石破前総理「ウケる政治が国家のためですか?」
■総理は大臣や党役員の「10倍」キツい ——総理になる前のインタビューで石破さんは「総理にならないほうが幸せでしょうね」と語っていましたが、総理を経験された今はどのように感じていますか。 それは、総理になった人じゃないと絶対わからない。 ——何がわからない? あの重圧たるや……いかにすごいかってこと。大臣や党の役員をいくつもやりましたが、まぁその10倍はキツいですな。 ——「重圧」とは「責任」という意味でしょうか。
責任感ですよね。すべてのものが自分に懸かっているということ。これはやった人にしかわからない。 ——大臣なら「総理どうしましょう?」と聞けますが、総理は最終判断をしなければならない立場です。これについて麻生さんは「ドス黒いまでの孤独」と表現されましたが、やはり孤独感は強いのでしょうか。 強い……。そりゃあ周りには優秀なスタッフがいっぱいいますよ。秘書官なんて各省えりすぐりの、将来事務次官になるだろうなぁみたいな。能力も人柄もね。でも、意見が1つにまとまるわけじゃないし、どっちにしようか迷うことっていくつもありますよね。
相談はしますよ。だけど、その人に責任をかぶせるわけにはいかないから、最後は自分の責任ですね。でも誰かがやらないといけない。 ——「総理時代の最も難しい決断は?」と聞かれると、何を思い浮かべますか。 それはやはりアメリカとの関税交渉でしょうね。これは難しかったですね。 あとは選挙の争点でもあった財政規律。「減税です」と言ったらウケることはわかってるんだけど、そしたら財政どうなんの? 「消費税負けます」と言うのは簡単だが、いま消費税を全部突っ込んだって社会保障費に足りない。それを負けるとなれば、当然“穴”は開きます。「経済がよくなれば増収ですよ」「増収分で埋めますよ」って、そんな簡単な話でもないよね。
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アベノミクスのせいだとは言わないが、そういった中で、いわゆる付加価値創出型の経済へ変えようというのがこの1年間だった。 —— “石破おろし”の動きについてはどのような思いだったのでしょうか。「しょうがない」というところがあったのか、「絶対に負けられない」という意地みたいなものが生まれたのか。 意地でやるもんじゃないよね。意地でやるもんじゃないですよ。 実際問題、関税についての一通り決着を見ていなかったですから。まだ、トランプさんが大統領令に署名していない。石破内閣で対応してきた案件だし、ここで代わりますってことになると、「またやり直しかよ」「それは勘弁してよね」っていうのがありました。それがいちばん大きかった。
もう1つは、私のこだわりだったんだけれども、敗戦後80年における考えというのは明らかにしておきたかったので、9月の国連総会というのは1つの節目だったと思います。 ——石破さん自身は総理を続けようと考えている中で、新聞の号外も含め「退陣報道」が流れました。メディアのそうした動きに対して「闘っていかなきゃいけない」という思いが強かったのでしょうか。 そういうふうにして既成事実化したかったっていうね。メディアはこんなことやるんだなっていう「驚き」のほうが強かったかな。闘ってやるっていうよりも、こんなこと本当にやるんだっていう驚きね。
——石破さんとしては「そんなこと言ってもいないのに」ということですね。 そうそう。 ■価値観が「正しいかどうか」から「面白いか」「儲かるか」に ——一部のSNSによる偏った情報や時にフェイクニュースによって、政治が左右される時代になりました。この状況をどのように考えていますか。 “SNS禁止令”とか、そういうものでも出さない限り止まらないんでしょう? アクセス数が多いほうが広告ついちゃったりするし。
——それがお金になりますからね。 どんどんエスカレーションすると「正しいか間違ってるか」じゃなくて、「面白いか面白くないか」「儲かるか儲からないか」に価値観がずれるわけだよね。そうすると、世の中のあるべき姿とどんどん乖離していくわけでしょ? “SNS禁止令”なんて出せないんだから、それを凌駕することを考えなきゃいけないですよね。 ——どう凌駕するのですか。 それは田中角栄さんが言っておられたように、「歩いた家の数しか票は出ない」「握った手の数しか票は出ない」ってこと。大雪の日でも、大雨の日でも1軒ずつ歩く。5人、10人の会合を大切にする。誰も聞いてなくても演説する。
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——総理在任中に取材させていただいた中で、石破さんは一時「消費税の軽減税率は物価高対策として下げてもいいんじゃないか」と迷った時期がありましたね。あのとき引き下げを決断していれば、その後の展開は違うものになっていたのではないでしょうか。 基本税率は何といったって10%ですからね。多くの国は20%ぐらいなので、軽減する余地がありますよね。日本の場合、ギリギリ10%でやっているわけで、そこで下げる余地ってどれぐらいあるんだろうということです。
また、実際に下げるためには準備期間も含めて1年ぐらいかかる。「上げるときはすぐ上げたじゃないか」と言う人がいますが、それはちゃんと準備をしていたから。 今、本当に暮らしに困っている方々がおられるのは事実であって、「じゃあ1年間お待ちください」という話にならんでしょうよと。どうすれば、早く・効果的に困っている人たちに手当てができるかというと、それは給付だよねという話なんだけど、「消費税減税だ」という声のほうが大きいしウケがいい。これはきつかったですね。
——コメをはじめとする食料品が高いといわれている中で、食料品だけでも下げるという選択肢もあったと思いますが、今でも下げないという判断は間違っていなかったと思いますか。 間違っていなかった。政策的にはね。ただ、政治的な効果はどうだったのかというと、評価は分かれるんでしょうね。 政府の中に「減税も考えるべきだ」という意見がまったくなかったわけじゃないし、自民党の中にもあった。だけど、それをやったらそれこそ「ポピュリズム政治に寄るのか」という批判だってあったでしょう。
■退陣の判断は「意地でするもんじゃない」 ——総理になる前にもアベノミクスの軌道修正について語られていて、「積極財政は日本の信認に関わる可能性があるからワイズスペンディング(賢い支出)すべきだ」とおっしゃっていましたが、高市政権の政策は行き過ぎているという認識でしょうか。 個人消費がGDPの半分を占めているわけだから、大勢の人たちが豊かになっていくことによって消費は回るんだけど、最低賃金の近傍で暮らしている人が700万人いるし、それよりは上だけど毎日苦しいっていう人もたくさんいる。
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私もそうだけど、政治家はバッシングの対象になりますが、バッシングしている人に会ったことないんだよね。会ったことない人がめちゃくちゃ書くわけ。「いや、そんなことない」「あいつ知ってる、話した」をどれだけ積み重ねるかじゃないですか。 ——SNSの時代でも、直接会うとか握手するとか、そういうものを大切にしなければならないと? そうだと思いますよ。それしかないもの。 ——一方で、SNSに力を入れている政党が、ものすごく得票しているケースもあります。
参議院ですごく伸ばした某政党は、確かにSNSにも頼っているんだけど、あの政党は昔自民党がやったことをやってますから。 ——地域組織もしっかりしてますよね。SNSもうまく使いながら、リアルとの融合みたいなことがうまくいくとよりいいということでしょうか。 融合しないとうまくいかない。何とか新党という一時人気のあった政党があるでしょ? それがその後あんまり続かないのは、地道な運動と融合していないから。SNSだけだとああなるよってことです。いわゆる空中戦みたいなものでどんなに露出が増えても、日頃の活動をやってないとすごく脆弱だと思う。
——石破さんが時の政権や自民党を批判することに対して、「後ろから鉄砲を撃つ」という非難がありますが、あえて発信しようと意識しているのでしょうか。 おかしいと思うことがあったら、それを言うために議員やってるんでしょう? それをやらないんだったら、世の中にはもっとほかの仕事がありますよ。 ——たとえ同じ政党でも、いろんな角度や視点から問題点を指摘するのは政治家の仕事ですよね。 “後ろからうんぬんかんぬん”と何万回も言われていますが、うれしくないですよ。気持ちよくないですよ。だけど、それを言うために議員をやっている。言わないほうが楽だし、少なくとも嫌な思いをしなくて済む。
■「日本の経済が中国なしに成り立ちますか?」 ——高市総理の「存立危機事態」発言は、軽率な判断だったと言わざるをえないのでしょうか。 それは彼女が考えて、考えて、考え抜いて言ったんだから、私が「軽率だ」とか「そんなことじゃない」とか言う立場にはないですよ。彼女もあそこでああは言ったもののと、そのあと発言を戻したでしょう? ——反省しているということもおっしゃった。 それはそれでいいんですよ。 ——中国との間に一定の緊張感があるのは仕方がないと思いますが、日中の経済関係や約10万人いる中国在留邦人の安全を守ることも政府の重要な役割です。総理時代、日中関係のコントロールにはそうとう気を使われたのではないですか。
食料にしてもレアアースにしても、日本の経済が中国なしに成り立ちますかということなんですよね。中国とどのように対峙していくべきかというのは、勇ましい話ばかりしていてもしょうがないわけです。かといって媚びへつらうのもあってはならないこと。 動画ではこのほか「アジア版NATO」や「コメ政策」などについても聞いています。
青山 和弘 :政治ジャーナリスト、青山学院大学客員研究員