コラム:トランプ政策がドル/円に及ぼす3段階の影響、2025年も最終的に円安か=山田修輔氏

 2025年に向け、ドル/円の来年末のコンセンサス予想は141円となっている(11月22日時点のブルームバーグ予想中央値)。バンク・オブ・アメリカ(BofA)は例年のように感謝祭前に来年の見通しを公表した。筆者は25年も終着点では円安見通しを維持し、年末は160円と予想する。山田修輔氏のコラム。写真はフロリダ州パームビーチで11月14日撮影(2024年 ロイター/Carlos Barria)

[東京 5日] - 2025年に向け、ドル/円の来年末のコンセンサス予想は141円となっている(11月22日時点のブルームバーグ予想中央値)。バンク・オブ・アメリカ(BofA)は例年のように感謝祭前に来年の見通しを公表した。筆者は25年も終着点では円安見通しを維持し、年末は160円と予想する。米政策がドル/円に及ぼす影響は3段階に分かれるとみられ、その経路は直線的とはならないと見る。本稿では、25年のドル/円のメインシナリオについて考察したい。

①財政政策への期待がドル/円を押し上げ

11月の米大統領選挙を受け、市場ではトランプ次期政権による減税の織り込みが進み、米金利、米株、米ドルはいずれも選挙後に上昇した。ドル/円も米金利上昇に追随しており、市場が減税によるプラスの需要ショックをより評価していることを示唆している。

筆者はドル/円への最終的な影響の方向性については同意するが、これ以上の織り込み余地は限定的とみている。税制改正には議会承認が必要である。第1次トランプ政権では、減税法案が議会を通過したのは17年12月だった。当社の米国エコノミストは減税の影響は25年終盤から26年序盤に顕在化すると想定している。現時点では、税制改正の具体的な内容や議会での議論がどの程度円滑に進むかについては依然不確実で、市場織り込みは時期尚早に映る。

②関税、為替、移民政策を受け来春までに調整

トランプ政権の為替政策や、関税引き上げや移民規制強化などの供給ショックを引き起こし市場にネガティブとなり得る政策を受け、ドル/円は春に向け調整すると当社は予想している。米大統領は関税や移民政策に関しては財政政策よりも大きな権限を持ち、為替政策は財務長官の管轄である。

米中間選挙は26年後半に予定されている。政治スケジュールを考慮すると、株式市場にネガティブとなり得る政策は、中間選挙直前ではなくトランプ政権の任期序盤に発動されるのではないか。トランプ政権による為替への口先介入があれば、長期的には市場への影響は持続しないだろうが、当初は市場反応が想定される。

関税引き上げと移民規制強化のドルへの影響は単純ではなく、短期的にドル高要因の可能性もあるが、ドル/円は以下の理由から当初は下落で反応すると弊社は考えている。

リスクオフ:構造変化により円の安全資産としての地位は低下しているが、円は依然として特に対非ドル通貨で、リスクオフ時にポジティブに反応している。

バリュエーション:第1次トランプ政権以降、円は対ドルで30%近く下落しており、ユーロや人民元の下落幅を大きく上回っている。ドル高をけん制する口先介入があれば、ドル/円は当初敏感に反応する可能性がある。

スタグフレーション的な市場動向への反応:近年、スタグフレーション的市場環境下でドル/円は短期的には下落し、ユーロ/ドルとドル/人民元は上昇する傾向が見られている。

金融政策サイクル:海外主要中銀が利下げに向かう一方、日銀は現在、利上げおよび量的引き締めの過程にある。日銀が政策緩和に転換するハードルは海外主要中銀が緩和を加速するハードルよりも高いとみられ、世界経済に負のショックが生じた場合、円高圧力が生じ得る。

テクニカル:当社のテクニカル分析では、140円割れの調整の可能性も指摘されている。

③日本から米国への資本流出

次期米政権の関税、為替、移民政策は短期的に不確実性を高め、円高調整が想定されるが、日本から米国への長期的な資本流出はトランプ政権下で加速し、長期的にドル/円を押し上げると弊社はみている。

弊社はかねて、日本の対外直接投資は構造円安要因であると指摘してきた。近年、日本企業が海外展開を継続してきた一方、日本への対内直接投資は限定的で、日本からの資本流出が続いている。一方の米国では直接投資勘定における資本純流出は見られていない。

構造的な対外直接投資は日本の人口動態が主因だ。企業は労働力を確保し、拡大する現地市場付近で生産するインセンティブがあるため、円安にもかかわらず対外投資は減速していない。

弊社は次の理由から、日本の対米直接投資はトランプ政権下で加速すると考えている。

まず、関税引き上げのリスクは、日本企業が中国をはじめとする他国よりも米国で投資や生産を行うインセンティブとなり得る。第1次トランプ政権下で日本の対米直接投資が加速した一方、対中直接投資は減速し、その流れが続いている。

また、日米間の貿易交渉では、日本の防衛費増額や、日本の製造業に対する米国での生産奨励など、日本の対米投資を促す措置も議論される可能性がある。

最後に、例えば独占禁止法の適用緩和などトランプ政権下で規制緩和が進めば、日本企業にとって米国市場や米国における技術開発の見通しはより魅力的となり、大型案件のリスク低減にも繋がる。日本の対外直接投資は依然堅調だが、日本の対外M&A(企業の買収・合併)発表額は今年失速しており、米国の選挙前の不確実性やバイデン政権下での独占禁止法の厳格な適用を反映している可能性がある。したがって、潜在的な買収需要が顕在化する余地があるとみられる。時期としては、25年後半には日本企業もトランプ政権の政策スタンスを評価し、対米投資が加速し始めると予想している。

<キャリーは引き続きドル/円をサポート>

キャリーも引き続き日本企業による米ドル保有を促し、ドル円をサポートするだろう。弊社は、米連邦準備理事会(FRB)が25年4─6月期に3.75─4%で利上げを停止する一方、日銀が25年に2回、26年に1回利上げを実施し、最終的な政策金利が1.0%に達すると予想している。ドル/円キャリーは26年までに3.0%へ緩やかに縮小する見込みだ。これはドル/円の安定化には寄与し得るが、持続的円高要因としては不十分だろう。

預金金利が大幅なマイナス圏にあることを踏まえると、家計も資産防衛のため現預金からより利回りの高い資産へのリバランスを進める可能性が高い。家計ポートフォリオ全体では依然として現預金が50%超を占めており、米国やユーロ圏の数字を大きく上回っている。

金利差が縮小するから円高、という見方もあるが、絶対水準も重要であり、金利差がわずかに縮小するから資本フローが逆流するとは言えない。

弊社の円安見通しに対する最大のリスクは、米国の景気循環である。弊社は25年と26年の米国の国内総生産(GDP)成長率を2%以上の堅調な水準、FRBのターミナルレート(利下げの最終的な到達点)を4%と想定している。

国内リスクは円安方向に傾斜している。日本の主要政党は財政支出拡大や減税を求めており、財政再建や構造改革の議論は活発化していない。拡張的財政政策はフィスカル・ドミナンス(財政による金融政策の従属化)や将来の国債格下げ、資本流出加速のリスクを高める可能性もある。

編集:宗えりか

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*山田修輔氏はBofA証券の主席日本FX金利ストラテジスト。2022年のInstitutional Investors 誌のグローバル債券アナリストランキングの日本為替及び金利部門で首位。米国の金融機関でマクロ経済、市場分析に従事し、2013年より現職。2005年マサチューセッツ工科大学(MIT)学士課程卒、2008年スタンフォード大学修士課程卒。CFA協会認定証券アナリスト。

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