スマートニュース社員200人削減の教訓。新社長「アクセルの踏み過ぎだった」

スマートニュースの浜本階生CEO。

樋口隆充

「自分にとって最もタフな1年だった」──。

ニュース配信プラットフォーム「SmartNews」を運営するスマートニュースの浜本階生氏は、代表取締役社長CEO就任(以下CEO)から約1年をこう表現する。

スマートニュースは2023年1月、アメリカなど海外拠点も含め、総人件費を4割削減するため、社員数にして200数十人のレイオフ(一時的な解雇)や希望退職を募ることを決めた。スタートアップ業界やメディア業界に衝撃を与えた大規模な人員削減を経て、浜本氏が新社長に就任してから1年余り。

コロナ禍での事業拡大から一転して、レイオフを余儀なくされたスマートニュースで一体何が起きていたのか。

コロナ禍での急成長→採用強化

「なぜ人員削減する必要があるのか」

「こんな状況になった経営責任をどう考えているのか」

2023年1月、スマートニュース日本オフィスで開かれた人員削減に関する説明会で、希望退職募集の対象となった社員からは、経営陣に対して厳しい質問が次々と飛んでいた。なかには怒りに満ちた声もあったという。

当時COO(最高執行責任者)を務めていた浜本氏も説明会に出席しており、社員からの質問に一つ一つ答えていった。質問がなくなるまで対応した結果、当初1時間を予定していた説明会は、3時間を超えた

浜本氏は当時の心境について「痛恨の極みだった。(刃物が)心臓にぐっと突き刺さるような気持ち。その意思決定を社員に伝えなければいけない日は体が震えていた」と打ち明ける。

「コロナ情報マップ」で爆発的にユーザー獲得

2012年6月に創業し、着実にサービスを展開してきたスマートニュースだったが、2020年春以降は予想外の「追い風」が吹いた時期でもあった。

新型コロナウイルスの世界的パンデミックを迎え、コロナの最新情報と正確な情報を求めるニーズが急伸した。スマートニュースでは「新型コロナウイルス情報マップ」「新型コロナワクチンチャンネル」など新サービスを次々にリリースし、ユーザー数とアクセス数を爆発的に伸ばしていた。

新型コロナに関する情報マップ。

出典:スマートニュースのプレスリリース

「このチャンスを活かすべく、アクセルを踏んで投資をしていく──」

急速な事業成長を受け、同社が取り組んだのが人材獲得のための投資だった。

エンジニアとマーケティング、そして広告セールスの領域は特に注力して採用活動を進めた。

採用活動は順調に進み、社員数は2021年からの2年間で2倍近くに増加した。浜本氏は当時の採用について、「創業以来、最大規模の投資だった」と語る。

「どんどん仲間が増え、どんどん伸びていく事業成績に対して、みんな喜び、わき立っていた」(浜本氏)

だが、急速な組織の拡大の一方で、すでに“崩壊”への予兆もあった。

急成長する熱狂の渦中にありながら、浜本氏は、小さな“違和感”を感じつつあったという。その違和感とは、リモートワーク体制下で、組織と事業の成長に実感が得にくくなっていたことにあった。

「成長への喜びと、リモートワークによる実感のなさ。その2つの状態が共存していたような不思議な感覚があった」(浜本氏)

もしも、もっと早く、組織の急拡大による歪みに気がつくことができていたら、大規模な雇止めという最悪の結果には至らなかったかもしれない……。

しかし、浜本氏は当時をこう振り返る。

「社内がわき立っているなか、肝心の“ブレーキ”が社内で機能しにくくなっていたことは否めない。アクセルの踏み過ぎだったが止められなかった」(浜本氏)

誤算だったコロナ後の成長鈍化

小さな違和感を感じつつも積極採用を進めていたスマートニュースを襲ったのが、「コロナバブルの終焉」だった。

4度の緊急事態宣言を経て、次第に人々の外出が増えたことで、SmartNewsへのアクセス数も減り、コロナ禍で記録した成長にも陰りが見え始めていた。

それでも、動き出していた組織拡大の流れは止めなかった。

「バブルが収まった後も『成長がまだ続くだろう』と楽観的に考え、状況をなるべく好意的に解釈し続けようとする雰囲気があった」(浜本氏)

人件費が膨れたこともあり業績は悪化していった。エンジニア出身でもある浜本氏は、経費削減に奔走し、サーバーなどインフラコストの削減を進めた。

「しっかりコスト削減をすれば、人件費に手をつけずに済むのではないかという希望があった」(浜本氏)

しかし根本的なコスト体質の改善にはつながらず、もはや大きな痛みを伴う選択肢しか残されていなかった。

浜本氏ら経営陣は、アメリカや中国拠点も含めて総人件費の4割削減、社員数にして200数十人のレイオフ・希望退職の募集を決めた。

レイオフ対象社員向けの説明会は、冒頭のように紛糾したが、それでも希望退職募集の対象かどうかを問わず、社員同士で退職者に再就職先を紹介する動きが社内で生まれたという。

「(社員の古巣など)互いに知っている人たちを紹介していくような草の根のサポートが次々と生まれていった。社員には本当にもう感謝しかない」(浜本氏)

「得意領域が違う」CEO交代の経緯

半年ほどかけ計画した規模のレイオフを完了させた後、次に着手したのが経営体制の変革だった。

創業以来、スマートニュースは共同創業者の鈴木健氏と、同じく共同創業者の浜本氏が基本的に2トップ体制で事業を拡大させてきた経緯がある。

鈴木氏は慶應義塾大学卒業後、東京大学大学院で博士課程を修了。その後、2012年に浜本氏とともにスマートニュースを創業した。博士かつ経営者という異色のキャリアを持つ鈴木氏は創業後、浜本氏との共同CEO期間(2014年8月〜2019年6月)を含めて9年余りCEOを務め、クーポン機能など新しいニュースアプリとして話題を集めた。鈴木氏のリーダーシップのもと、アメリカでもサービスを展開するなど、時価総額2000億円規模の企業に成長させた人物でもある。

スマートニュースの共同創業者である鈴木健氏。

出典:スマートニュースのプレスリリース

レイオフを経ての組織改革では、この2トップ体制も見直した。

2023年11月、「長期的なビジョン」を描くことを得意とする鈴木氏は、代表取締役社長CEOを退き、会長に就任。同時に、浜本氏は立て直しに専念するために新CEOに就任することが決まった。

浜本氏も経営陣の一人として、人員削減を避けられなかったという経営責任も痛感している。それでもCEOという「重責」を引き受けたのは、エンジニア出身という自らの強みを活かせると考えたからだ。

「エンジニアとして遠い未来よりも、今、目の前にあるこの作品をどう仕上げていくかという発想で物事に向き合うことが多い。

事業の足元の状況を見極めながら着実に伸ばしていくのが得意分野。会社を立ち直らせ、事業を再成長させるのに適しているのは自分だろうと」(浜本氏)

インタビューに応じる浜本氏。

撮影:樋口隆充

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