渡辺恒雄氏、お別れの会で展示の愛用品に残された「生きざま」 原辰徳さんも感慨

 昨年12月19日に肺炎のため98歳で死去した渡辺恒雄・読売新聞グループ本社代表取締役主筆の「お別れの会」が25日、東京・千代田区の帝国ホテル東京で執り行われた。球界、政財界などから約3900人が参会して故人をしのんだ。この日、沖縄キャンプを打ち上げた巨人・阿部慎之助監督も参会し「秋には必ず主筆に日本一の報告ができるよう、チーム一丸で戦っていきます」と13年ぶりの日本一奪回を誓った。

 たくさんの白い花に飾られた祭壇で、遺影の中の渡辺氏は穏やかな表情を浮かべていた。その顔を見上げてから、阿部監督は献花台に白いカーネーションを供えて両手を合わせた。「お別れの会に参会し、改めて、渡辺主筆の球界発展への熱意、ジャイアンツへの愛情を感じました」と故人をしのんだ。

 政財界のみならず、野球界にも大きな足跡を残した渡辺氏。石破首相、岸田前首相、森元首相をはじめとする政財界関係者に球界関係者も多数、参会した。長嶋終身名誉監督は同氏との思い出を披露。「当時の渡辺主筆は『打者はなんで三塁に走らないんだ』と野球には全くの素人でした。今はファンの皆さまと一緒に叫ぶでしょう。『早く三塁ベースを回ってホームに戻って』。天国からも大好きなジャイアンツを見守ってもらいたいです」と静かに悼んだ。

 同氏が生前、好んでいたクラシック音楽が会場に流れる中、別室では故人の業績を振り返る追悼展が催され、葉巻、眼鏡といった愛用品に1992、2016年度の野球協約も展示された。随所にいくつもアンダーラインが引かれ、何度もページをめくった跡が残っていた。巨人戦の勝敗をつけた手帳も展示されるなど野球、巨人軍への愛着の強さをうかがわせていた。執務室も再現され、資料が積まれたデスク、応接セットも再現。原オーナー付特別顧問は監督時代に記憶をたどらせ「渡辺主筆のいろいろな軌跡、生きざまというものを展示で見せていただき、私自身も主筆との思い出をいろいろと思い出しました」と感慨に浸った。

 祭壇には天皇陛下からの供物料や正三位の位記などが飾られた。白いカーネーションを供えた阿部監督だが、贈りたいものがある。この日でキャンプは終了。3月からはオープン戦が本格化し、シーズンへと向かう。遺影の渡辺氏へ胸の中で誓いを立てた。「秋には必ず主筆に日本一の報告ができるよう、チーム一丸となって戦っていきます」。リーグ連覇、日本一奪回が何よりの供養になる。(秋本 正己)

 ◆渡辺 恒雄(わたなべ・つねお)1926年5月30日、東京都生まれ。50年、読売新聞社に入社。ワシントン支局長、政治部長、論説委員長などを経て、91年に代表取締役社長・主筆に就任。2002年、読売新聞グループ本社代表取締役社長・主筆、04年に同会長・主筆となった。また、96年12月から04年まで巨人軍のオーナーを務めた。

 【主な参会者】 ▽球界 長嶋茂雄(読売巨人軍終身名誉監督)、王貞治(ソフトバンク球団会長)、堀内恒夫(巨人軍元監督)、高橋由伸(巨人軍元監督)、原辰徳(巨人軍前監督)、阿部慎之助(巨人軍監督)、中畑清、江川卓、鹿取義隆、落合博満、ウォーレン・クロマティ(元巨人)、榊原定征(プロ野球コミッショナー)

 ▽スポーツ界 川淵三郎(Jリーグ初代チェアマン)、三浦知良(サッカー元日本代表)、宮本恒靖(日本サッカー協会会長)、八角信芳(日本相撲協会理事長)、北島康介(競泳五輪金メダリスト)

 ▽皇族・政財界 高円宮妃久子さま、長女・承子さま、石破茂首相、岸田文雄(前首相)、森喜朗(元首相)、御手洗冨士夫(キヤノン会長兼社長CEO)、小池百合子(東京都知事)、中曽根弘文(元外相)、野田佳彦(元首相)、十倉雅和(経団連会長)

 ▽文化・教育関係 浅田次郎(作家)、林真理子(日大理事長)

 ▽マスコミ関係 中村史郎(日本新聞協会会長、朝日新聞社会長)、稲葉延雄(NHK会長)、杉山美邦(日本テレビホールディングス会長)=敬称略=

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