つながった未来 ドナーと“二人三脚”で紡ぐ夢/4

 小学3年生で重度の心臓病が発覚した中園瑛心さん(14)=西日本在住=は、3年半以上の待機期間を経て心臓移植を受けられた。術後も順調に回復し、およそ4年ぶりに自宅へ帰ることもできた。

 久々に家族5人がそろい、喜びに満ちあふれる中園家。そんな日常生活に慣れ、いよいよ社会復帰の時を迎える。

 瑛心さんが行きたくてどうしようもなかった、中学校へ初めて登校する日がやってきた。

 ※連載「つながれた、いのち――国内心臓移植待機の現実」の最終回です。【倉岡一樹】

「瑛心、おかえり」

 瑛心さんは、期待と不安の間で揺れていた。

 「友達に会えることはすごく楽しみ。でも、移植を受けた子どもだから、特別扱いされるかもしれない……」

 およそ4年の入院中に身長が3センチしか伸びず、129センチにとどまっていたため、既製品の制服は大きすぎた。特別注文することとなり、採寸は済ませていたが、ジャケットが届いておらず、ズボンもサイズがなかった。そのため、代用の衣服を着て向かった。

    ■

 久々の仲間を待ち受ける教室は、ざわめいていた。

 「どうぞ!」。クラス担任教諭の声が響く。

 緊張した面持ちの瑛心さんが姿を現すと、クラスメートは大きな拍手で迎え入れた。

 「中園瑛心です。よろしくお願いします!」

 きっぱりとしたあいさつに、拍手の音量が増す。黒板には「瑛心おかえり」の文字も。担任教諭が用意した小さなくす玉を割ると、「おめでとう」と書かれた垂れ幕が出てきた。その温かさに、瑛心さんも、教室の外から見守るみどりさんも感激した。

 「すごく、よかった。言葉にできない」

 4年間止まったままだった瑛心さんの心の時計が、再び動き始めた。

 みどりさんは「4年間頑張ってきてよかった」と目頭が熱くなった。瑛心さんが人生の新たなスタートラインに立てたことで、胸がいっぱいになったのだった。

 中学校には、急な坂が多い約2キロの通学路を、1時間弱かけて通う。当初は筋肉が追いつかず、歩き方がとてもぎこちなかった。同級生に交じるとひときわ小さく、幼く見えた。およそ4年間も病院の外へ出たことがない「温室育ち」(みどりさん)ゆえ、気候の変化もこたえた。

 体力不足が深刻で、当初は車で通学させた。しかし、リハビリのため体を動かさねばならず、体力作りも兼ねてその後徒歩通学に切り替えた。その効果もあったのか、身長が退院後1年で15センチほど伸び、約145センチになった。顔つきも随分と大人びて、声も野太くなった。

 日に日に成長し、活力を取り戻していく瑛心さんの姿に、みどりさんは「入院中は生きるだけで精いっぱいで、成長しきれなかったのだと思う。全ては心臓を移植していただけたからこそ。循環器の力はすごいと思う」と驚くばかりだ。

 その後、瑛心さんはソフトテニス部に入った。約半年後に開かれた新人大会で「大会デビュー」を飾り、初戦負けに終わったものの「興奮した。部活もすごく楽しい」と笑顔を見せる。みどりさんも「まずは一歩目を記すことができた。出ることに意義があり、感慨深かった」と笑みを浮かべる。

 担任教諭をはじめとする学校全体で瑛心さんを親身に見守り、希望があれば個別に対応してくれる。生徒たちも重い荷物を持つなど、率先して助けてくれる。

 担任教諭はみどりさんに、「必要なタイミングで手助けをしますが、瑛心だからどうこうとの配慮は要らないと思う。適度な配慮で回っています」と伝えた。

瑛心さんは「浦島太郎」

 同級生は皆「お兄さん、お姉さん」になっていた。瑛心さんは長期入院で人にもまれる生活を4年間していない影響から、心身の成長が緩やかで「一人だけ小学3年生。まるで『浦島太郎』の状態だった」(みどりさん)。

 それでも、瑛心さんのことを理解してくれていたことが何より大きかった。みどりさんは「『やっと戻ってこられたね』という生徒の反応がうれしかった。越境入学を選んでよかった」と安堵(あんど)のため息を漏らした。

 瑛心さんは学校生活に満足している一方、「学習面が課題」と苦笑いする。とはいえ、「授業の進度が速く、やらなければいけないことも多いけれど、頑張って発表している」と意気込む。

 みどりさんは、担任教諭から「楽しそうに授業を受け、発言もできている」と報告を受けており、瑛心さんが授業内容を理解できていると感じている。「しかし、突然それまでの『何倍速』ものスピードで勉強せざるを得なくなったことが大変でないわけがない。課題を忘れることがあるなど甘い部分もある」と首をひねる。

 入院生活で長い「空白期間」ができてしまったため、「報連相」(※「報告」「連絡」「相談」の頭文字を取った略語)をはじめ、学年が進むに応じて身につけていくはずだった「できて当たり前のこと」がいくつか抜け落ちてしまっていることも気がかりだ。「今は日々『やらなければならないこと』を習熟させていく段階」という。

 だからこそ、今後の人生で困難が襲いかかってくることも覚悟している。

 中学校では誰もが瑛心さんが抱える事情を踏まえ、理解ある対応をしてくれる。しかし、上級学…

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