「この方しかいない」“25歳で引退間際”木原龍一が三浦璃来17歳と出会い歩んだ「りくりゅう」黄金の道…高橋成美とは「五輪1年前のペア結成」だった(Number Web)

<名言1> 世界のどの位置にいるのかを確認できて、これまでは世界との差を感じていたけれど、今は自分たちの夢が現実的に見えてきました。 (木原龍一/Number1025号 2021年4月15日発売)  ◇解説◇  4年前の北京五輪、フィギュア団体で「りくりゅう」は大きく飛躍した。ソチ、平昌に続いて3大会連続五輪となった木原は、新パートナーである三浦と息の合った演技を見せ、団体のフリーで139.60点をマーク。初のメダル獲得に貢献した。続くペアでは総合7位と、日本人ペアとして史上初となる入賞を果たした。  2人は2021年に開催された世界選手権で結成2シーズン目ながら日本人同士のペアとしては歴代最高となる10位を確保し、北京五輪枠の「2」を獲得した。冒頭のコメントはその際のものだ。手ごたえを感じた木原の一方で、三浦はこんなコメントを残していた。 「練習では一度も転んだことがなかったジャンプでミスが出て悔しいです。本番のここ一番で2人が合わせられるよう練習します」  好対照ながらそれぞれ上を目指す意欲を感じさせた。

<名言2> 1年前に結成したことを考えると、正直、ここまで来られたのはよかったです。 (木原龍一/NumberWeb 2014年3月16日配信) https://number.bunshun.jp/articles/-/799818 ◇解説◇ 「りくりゅう」ペアとなる前、木原のパートナーだったのは――今回のミラノ・コルティナ五輪で、りくりゅうの演技を「宇宙一!」と人一倍喜んで解説した高橋成美だった。  2人がコンビを結成することが明らかになったのは2013年1月。もともと高橋はカナダのマーヴィン・トランとのコンビで国際大会で活躍しており、2012年の世界選手権では銅メダルを獲得している。  だが、オリンピックでは国籍が問われる。出場するにはトランが日本国籍となる必要があり、最終的にはコンビを解消した。高橋は、ソチ五輪団体戦に出場したい気持ちが強く、かつてペアの体験会で好印象を抱いていた木原に打診し、木原がペアへの転向を決意した。  五輪1年前のペア結成は、決して容易な道ではない。シングルとペアでは求められるものが大きく異なるため、特に木原にとっては手探りのような状態の時期もあったそうだ。  それでも迎えたソチ五輪で、飛躍の時を迎える。団体戦のショートとフリーに出場。ショートで出場した10ペアの中で8位と健闘。観客の拍手の中で演技を終えた。高橋が「こうした大舞台で自分たちの滑りができてよかったです」と笑顔で語った一方で、木原はこんなコメントを口にしていた。 「1年前に結成したことを考えると、正直、ここまで来られたのはよかったです」  個人戦ショートでは18位となり、フリーには出られなかったが、団体戦のショート46.56点から48.45点と得点を伸ばした。 「次のオリンピックでは、上を狙いたいです」  ソチ五輪を終えての木原のコメントである。オリンピックという場を経て、さらに先を目指していこうという意欲が表れていた。木原が高橋と歩んだ一歩一歩は、日本のフィギュアスケートへの影響という点でも注目すべき足取りだった。


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<名言3> 「もうこの方しかいない」と感じた。 (木原龍一/NumberWeb 2026年2月19日配信) https://number.bunshun.jp/articles/-/869357 ◇解説◇  2014−15シーズンに高橋とペアを解消した木原は、須崎海羽とペアを組み、自身2大会連続となる平昌五輪出場を果たす。ペアスケーターの第一人者と言える立場になっていたが――キャリアの大きな分岐点を迎えていたのが2018〜19年頃のことだった。  自身の脳震盪などあって四大陸選手権と世界選手権の欠場を決めた2018−19シーズン限りで須崎とのペアを解消した。  肩の痛みもある中で古巣である邦和スポーツランド(名古屋市/現・邦和みなとスポーツ&カルチャー)でアルバイトをする日々だった。  当時について愛知県スケート連盟の久野千嘉子フィギュア委員長はこのように語っている。 「もしかしたら、25歳という年齢もあり、引退することも頭にあったのかもしれないですね」  そんな中で迎えた2019年初夏、中京大学アイスアリーナでの出来事が大きく運命を変える。日本スケート連盟による「ペア教室」が行われ、市橋翔哉とのペアを解消していた三浦と、試験的にペアを組むことになった。

 そこで、今では「りくりゅう」の代名詞となったツイストリフトが、いきなり高く跳ね上がった。  関係者はもちろん、これは木原と三浦にとっても驚きの感覚だったという。「この方しかいない」と当時を回想していたが、その思いは三浦にとっても同じだったようだ。〈五輪特集:つづく〉

(「スポーツ名言セレクション」NumberWeb編集部 = 文)

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