狙いは「戦争終結」でも「鉱物資源」でもない…トランプ大統領がウクライナを見捨て、プーチンを選んだ本当の理由 "ロシアの兄貴分"を倒すためならNATOも要らない

一方、中国に対しては第1次トランプ政権末期の2020年7月に、当時のポンペオ国務長官が「ニクソン大統領が始めた半世紀の対中関与政策を見直す」と宣言した、やりかけの仕事が再開されるのではないか。

国際政治の基準が、トランプ大統領により「リベラルな価値観に基づく道徳や理想」から「マキャベリ的な実利と現実」へシフトするわけだ。

ロシアがウクライナでの戦争を終えれば、米国のフォーカスは欧州から西太平洋に向かう。中国共産党は、米国という大きな脅威に直面することになる。

トランプ大統領は2月27日にウクライナ和平について問われ、「プーチン大統領は約束を守るだろう」と答えている。トランプ大統領とプーチン大統領の「友情」で米国とロシアの接近が進むことで、現在の中国とロシアの蜜月にくさびが打ち込まれる。

トランプ大統領が和平交渉で、戦争犯罪容疑者のプーチン大統領をここまで持ち上げ、被害者のウクライナに理不尽な要求を突きつけるのも、中国とロシアの離間による国際秩序の再構築が究極の目的であるとすれば、辻褄が合うのではないか。

NATOの存在意義も消滅か

米国がロシアと組んで中国に対抗するためには、従来の自由民主主義体制の枠組みでタブーであった「西側諸国の安全保障体制へのロシアの組み込み」という力技が必要だ。そのプロセスにおいてリベラルな道徳や理想は、邪魔でしかない。

ニクソン氏以降の歴代米大統領は、中国共産党が腐敗した独裁で、自国民を抑圧し、近隣諸国への安全保障上の潜在的脅威であることを承知の上で、戦略的に手を組んだ。ならば、今度は中国を抑えるために悪のロシアと手打ちすることに問題があるだろうか。

プーチン氏はトランプ氏に対して、「紛争の根本的な原因を取り除く必要がある」と訴えている。そのため現在、停戦条件としてウクライナのNATO非加盟の確約を求めている。しかし、米ロによる不戦の和解が成立すれば、「紛争の主因」であるNATOはロシアにとって怖れる対象ではなくなる。なぜなら、米国の軍事的後ろ盾抜きでは、NATO加盟国がロシアと戦って勝つことは事実上、不可能であるからだ。

ロシアが主張するウクライナ侵攻の主な理由のひとつはNATOのウクライナへの拡張であったが、そのNATOがもはや敵対的でないとプーチン大統領が認識すれば、ロシアはウクライナのNATO加盟への反対を取り下げ、ウクライナが強く要求する「ロシアに対する実効性のある安全保障」も満たされる可能性がある。

写真=iStock.com/Michele Ursi

※写真はイメージです


Page 2

加えてトランプ大統領は、「プーチン大統領が望めば、ロシアはウクライナの全土を占領できるだろう」と述べ、ウクライナのゼレンスキー大統領に「交渉の切り札がない」「ぐずぐずしていると、ウクライナはなくなってしまうぞ」とまで畳みかけている

しかし、これら一連の発言も整合性を欠く。

そもそも、そんなに簡単にロシアがウクライナ全土を占領できるなら、戦争はとっくの昔にロシアの勝利で終わっているはずだし、プーチン大統領はトランプ大統領の仲介など必要ないということになる。

さらに、米国が侵略国ロシアの完勝を許してしまえば、トランプ大統領の座右の銘である「力による平和」を米国が実現する力がなく、「米国を再び偉大に」のスローガンも虚構だということになってしまう。トランプ氏がレガシー作りのために渇望するノーベル平和賞も、当然もらえないだろう。

実際には、ロシア軍は毎日1500人近い死傷者を出しながら、数百メートルずつしか前進できていない。トランプ大統領の主張では、ロシアがウクライナ全土をすぐにでも独力で占領できるはずにもかかわらず、足元ではロシアが米国の和平提案に救いを求めている。

ウクライナは苦戦しながらも、切れるカードが多く残っている証左だ。

ちなみにトランプ大統領は2月27日、ほんの1週間前にゼレンスキー大統領を「選挙なき独裁者」と呼んだ真意をメディアに問われ、「私がそんなことを言ったか?そんなことを言ったなんて信じられないね。はい、次の質問」としらを切った。さすがは世界一のリアリティショー役者、自身の矛盾を矮小化して動じるところがない。

交渉当事者たちが熱を帯びて演じる大芝居のノイズに惑わされず冷静に考えるならば、トランプ大統領の常識を逸脱した無理難題、許しがたいレベルの無礼や、相手がとうてい飲めない要求の裏には、別の隠された目的があることがわかる。

何が「本当の狙い」なのか

2024年11月の米大統領選挙でトランプ氏が当選して以降、一部の米識者の間で唱えられるようになった説に、「トランプによる中国からのロシア引き剥がし」がある。

国力が衰退しつつある米国は、第二次世界大戦のように欧州と太平洋の二正面で同時に戦うことはできない。ましてや、中東が問題になる三正面などなおさら無理だ。そのため、中東和平を片付け、さらに欧州でロシアと仲良くしておき、真の超大国化しつつある中国への対応力を高めることは、理にかなっている。

米クレアモント・マッケナ大学のミンシン・ペイ(裴敏欣)教授は、「中ロ離間論者」の代表格だ。12月には、「トランプ氏が(和平仲介で)実際にロシアとの関係改善に動けば、中国にとって打撃だ。習近平国家主席がプーチン大統領と結んだ戦略的パートナーシップが大きく揺らぐ」との見解を発表している。

これは、1972年2月にニクソン大統領による訪中で、米国が「敵国」と想定をしていた中国と手を組んで、冷戦の「主敵」ソ連に対抗した戦略の逆バージョンである。

当時の米国や自由主義を採用する日本などの同盟国では、親台湾勢力が圧倒的に強く、共産中国と国交を結ぶなど言語道断であった。現在の米国や欧州で親ウクライナ派が絶対的に多く、侵略者のプーチン大統領と手打ちすることが間違いだと考えられていることと状況が似ていなくもない。

安全保障担当の大統領補佐官であったキッシンジャー氏は北京を訪問して反応を探り、中国が米国を盾にソ連に対抗することで、ソ連との戦争を回避できるメリットがあり、米国や西側諸国から技術を導入できると期待していることを把握した。こうして米中は徐々に接近する。

その後の中国の改革開放で、立ち遅れた途上国の中国が米国と肩を並べる超大国に成長したのは、よく知られるところだ。

この方式を現在のロシアに当てはめると、ロシアは米国との抜本的な和解により、米国が盟主である北大西洋条約機構(NATO)加盟国との戦争を心配しなくてもよくなる。

「旧ソ連の崩壊を招いたアフガニスタンの二の舞」と称されることもあるウクライナ侵攻だが、同国の100%とはいかずとも、20%を奪取でき、それを固定化できるオマケ付きである。

(なおトランプ大統領は、ロシアに占領地の一部をウクライナへ返還するよう働きかけると述べている。)

一方、中国にとって欧米制裁下のロシアは従属的なジュニア・パートナー化しており、中国はロシアのエネルギー資源を安く買い叩き、多くの商品を高値で売りつけている。だが、トランプ氏との「ディール」でロシアが中国と距離を取れば、見返りとして厳しい制裁の緩和が期待でき、技術力が足らないエネルギー産業に欧米からの投資も呼び込める。


Page 3

米NBCニュースは2月20日、将来ロシアがウクライナ停戦合意を破って再侵略した場合、トランプ政権はウクライナのNATO加盟を自動的に認める案を検討中だと報じた

米ロ対立の抜本的解消が話し合われている傍証ではないだろうか。

米政治サイトのポリティコが2月19日付の記事でいみじくも論評したように、「トランプの米国はロシアの同盟国になった」のである。

この点において、共和党トランプ派にとり、NATOとの伝統的な同盟関係を重視する共和党タカ派は妨害者だ。過去に対ロシア強硬派であったルビオ国務長官や国家安全保障担当のウォルツ大統領補佐官、そしてウクライナ・ロシア担当のケロッグ特使でさえも、厳しい目にさらされている。

トランプ大統領にとって、リベラル体制と権威主義体制との構造的な対立という構図はもはや時代遅れであり、米国際政治学者のイアン・ブレマー氏が指摘するように、「米国が自ら築いた世界秩序の崩壊」が迫っている。

今や、米国陣営と中国陣営の対立で勝てるか否かがトランプ氏の関心事となった可能性がある。

むしろNATO同盟国が邪魔になっている

米国とロシアが手を組むためには、ロシアに対して敵意を抱き、米ロ和解に反対するNATO諸国のリベラル勢力を弱体化しなければならない。「敵は本能寺にあり」ならぬ、「敵は(NATO本部所在地の)ブリュッセルにあり」である。

トランプ大統領にとって「世界平和の妨げ」となっている諸国のリベラル政権を内部から不安定化させることは、必須だ。トランプ大統領の和平仲介の真の狙いが、中ロ離間であるとするならば、ドイツ、イギリス、フランス、カナダなど同盟国のリベラル政権に対するトランプ氏の難癖や迫害もきれいに説明がつくのではないだろうか。

トランプ政権にとって都合のよいことに、欧米同盟国のリベラル政党は経済・移民・環境・社会正義など政策面における失政に次ぐ失政で、総じて退潮の道を歩んでいる。トランプ政権が「左翼」とみなす各国リベラル政権が倒れ、代わって親ロシア勢力が伸びれば、米国による中国からのロシア引き剥がしはさらに容易になる。

関連記事: