4万円前後の帯状疱疹ワクチンで認知症が予防できる可能性…現役医師が解説するそのメカニズム 帯状疱疹の予防だけでも打つ価値ありだが…
認知症の予防に帯状疱疹ワクチンが役立つかもしれないという研究報告が話題だ。内科医の名取宏さんは「一見まったく関係のなさそうな2つの病気をつなぐのが、水痘帯状疱疹ウイルス。そして研究自体がとても面白いデザインだ」という――。
写真=iStock.com/Samara Heisz
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水痘帯状疱疹ウイルスは、帯状疱疹の原因となるヘルペスウイルスの一種です。このウイルスは、多くの人が子どものころにかかる水ぼうそう(水痘)の原因ウイルスでもあります。水ぼうそうが治った後も、ウイルスは完全には消えません。神経(脊髄後根神経節など)に潜伏し、何十年も静かに過ごします。
しかし、加齢やストレス、病気などで免疫機能が下がると、ウイルスが再活性化して神経を伝って皮膚に現れることがあります。これが帯状疱疹です。神経の支配領域に沿って、水疱が帯のように現れるので、「帯状」疱疹と呼ばれます。何より特徴的なのが「激しい痛み」です。
帯状疱疹は軽症例もありますが、多くの人にとってすごく痛い病気です。急性期は抗ウイルス薬による治療を行いますが、皮膚症状が治っても、神経の損傷によって「帯状疱疹後神経痛」という慢性的な痛みが残ることもあります。寝返りや衣服のこすれでも痛むという例も少なくありません。
二種類の帯状疱疹ワクチン
そんな帯状疱疹には、予防する手段としてワクチンがあります。現在、日本で使われているのは、病原性を弱めたウイルスを使う「生ワクチン」と、ウイルスのたんぱく質の一部だけを使った「組換えワクチン」の二種類です。私自身は無料になる定期接種の対象外ですが、50歳を超えた時点で自費で組換えワクチンの接種を受けました。2万円前後×2回とやや高額ではありますが、ワクチンから得られる利益と害とを勘案し、受ける価値は十分にあると判断しました。
組換え帯状疱疹ワクチンには有効率約97%という高い予防効果があり、50歳以上の人で帯状疱疹の発症を大幅に減らせることが臨床試験で示されています(※1)。生ワクチンと比べて、高齢者でも有効性は高く、年齢による効果低下が小さいのも特徴です。副反応として接種部位の腫れや発熱はありますが、それを上回る効果が期待できます。
一方、生ワクチンは有効率が50%程度とやや劣り、海外では組換えワクチンに切り替えられつつありますが、長年の使用実績があり、安全性に関するデータも蓄積されています。私は組換えワクチンをおすすめしますが、好みで生ワクチンを選んでもよいでしょう。
※1 Efficacy of an adjuvanted herpes zoster subunit vaccine in older adults - PubMed
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ひとつ注意すべきなのは、この研究で使われたのは組換えワクチンではなく、古くから使われている生ワクチンだったという点です。では、組換えワクチンだと認知症予防効果を見込めないのでしょうか。じつは別の観察研究によると、組換えワクチンを接種した人のほうが、生ワクチン接種者よりも認知症のリスクがさらに低かったという報告もあります(※3)。
もちろん、帯状疱疹ワクチンは認知症予防を目的として作られたわけではありません。なのに、認知症予防に効くとしたらなぜ効くのでしょうか。想定されているメカニズムのひとつは、ウイルスの再活性化を抑えることで、脳の炎症を防ぐという働きです。この場合、組換えワクチンで認知症がより予防できたことを矛盾なく説明できます。
帯状疱疹の原因ウイルスは、脳や神経に炎症を引き起こすことがあります。実際、ウイルスが再活性化して帯状疱疹を起こしたあと、一部の人では脳の血管に炎症が生じ、記憶障害や認知機能の低下を招くことがあると報告されています。ワクチンによってウイルスの再活性化を防ぐことができれば、こうした目に見えない炎症のリスクを下げられる可能性があるのです。またウイルスとは関係なく、ワクチンを打つことで免疫調整効果が働いて、脳を守る働きが強まるという考え方もあります。
※3 The recombinant shingles vaccine is associated with lower risk of dementia - PubMed
過度な期待は禁物だが損はない
ここまでの話を読むと、帯状疱疹ワクチンは帯状疱疹だけでなく認知症も予防できる「夢のワクチン」のように思えるかもしれません。しかし、医師としてひとつ強調しておきたいのは、これまでの研究だけではまだ、帯状疱疹ワクチンが認知症を予防すると言い切れるものではないことです。
また、認知症を予防するとしても、その効果は控えめです。相対リスク低下は20%ほど。つまりワクチンを接種しなかったら10人が認知症を発症するところ、ワクチンを接種することで認知症の発症を2人減らして8人にする程度です。
とはいえ帯状疱疹ワクチンは、つらい帯状疱疹と、後遺症として残る神経痛を予防するという点では確かな効果が証明されていて、それだけでも接種するだけの価値が十分にあります。加えて、認知症を予防できる可能性があるのならば、「もしかしたら!」と副産物を期待しつつ接種するのは悪くない選択ではないでしょうか。
なお、帯状疱疹ワクチンは定期接種を受ける方法もあります。日本では、2025年4月から65歳を迎える方が定期接種の対象で、1回接種の生ワクチンまたは2回接種の組換えワクチンのいずれか1種類を助成を受けて接種します。また、2025年度から2029年度までの5年間の経過措置として、その年度内に70、75、80、85、90、95、100歳となる方も対象です。詳しくは厚生労働省のサイトを確認してください。