『ばけばけ』トキよりさらに複雑? ラフカディオ・ハーンの壮絶な生い立ちは「朝ドラで語るにはキツ過ぎ」
連続テレビ小説『ばけばけ』では、ついにレフカダ・ヘブンが松江にやってきました。ヘブンのモデルであるラフカディオ・ハーンは、どのような人生を歩んできたのでしょう?
2025年後期のNHK連続テレビ小説『ばけばけ』は、『怪談』や『知られぬ日本の面影』などで知られる作家・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)と、彼を支えた妻のセツをモデルにした物語です。
主人公の「松野トキ(演:高石あかり)」は、育ててくれた「松野司之介(演:岡部たかし)」と「松野フミ(演:池脇千鶴)」の娘ではなく、上級武士だった「雨清水傅(演:堤真一)」と「雨清水タエ(演:北川景子)」の娘だったことが明らかになっています。トキのモデルである小泉セツも、同じように生まれて間もなく養女に出されていました。
複雑な生い立ちを持つセツですが、「レフカダ・ヘブン(演:トミー・バストウ)」のモデルであるラフカディオ・ハーンは、さらに壮絶で苦難に満ちた生い立ちを歩んでいます。
ハーンは1850年、ギリシャのレフカダ島で生まれました。父のチャールズはイギリス陸軍の軍医、母のローザはギリシャの名門の家の出身の女性です。ふたりは父の赴任先であるギリシャで知り合って結婚しましたが、双方の家はこの結婚に反対していたと言われています。
ハーンは2歳のとき、母とともに父の実家があるアイルランドのダブリンに移住しますが、4歳になった頃、母は出産のためひとりで故郷に帰ってしまいます。英語ができなかった母は、新しい環境に馴染むことができなかったのです。このとき、父はクリミア戦争に出征していて不在でした。
戦争から帰った父は、すぐさまローザさんとの離婚を成立させますが、昔の恋人と再婚してイギリスを離れてしまいます。ハーンはイギリスの地で、両親に捨てられてしまったのです。幼いハーンは大叔母のサラ・ブレナンに預けられ、広大な邸宅のなかで孤独な生活を強いられました。
ハーンは母のローザを慕っていましたが、生涯で二度と再会することはありませんでした。故郷に帰った彼女は再婚して4人の子を生みますが、ハーンと後に生まれたハーンの弟の養育は拒否しています。
ローザは晩年に神経を病み、10年入院した後に59歳で亡くなりました。父は再婚した女性とインドへ渡り、現地で病気に倒れて48歳で亡くなっています。また、ハーンは生き別れの弟と会うことは一度もありませんでした。
孤独な日々のなか、幼いハーンは幽霊やお化けを見るなど、さまざまな怪異を経験します。乳母が、幼いハーンにアイルランドに伝わるケルトの伝承を語って聞かせていたことも、影響していたようです。
ハーンの苦難はまだ続きます。全寮制の学校に入った彼は、16歳のときに事故で左目を失明してしまいました。
さらに経済的に支援してくれていた大叔母が破産して、学校を退学しなければいけなくなります。一文無し同然のハーンはロンドンのスラム街で1年を過ごした後の1869年、アメリカへ渡ることを決意するのです。
親の愛情をほとんど知らないまま、苦難の半生を歩んできたハーンは、アメリカでの新聞記者生活を経て、日本で運命の人となるセツと出会い、作家として花開きます。ハーンにとって、故郷から遠く離れた日本は安息の地だったのです。
参考:工藤美代子『小泉八雲 漂泊の作家 ラフカディオ・ハーンの生涯』(毎日文庫)、『妖怪に焦がれた男 小泉八雲 全解剖』(宝島社)
※高石あかりさんの「高」は「はしごだか」が正式表記。
(大山くまお)