蜂蜜酒「ミード」 旧ソ連生まれの会津人 秩父で醸す神の味

多彩な蜂蜜でミードを醸造する工藤エレナさん。廃校の体育館を活用した醸造所前で試飲をふるまう=埼玉県小鹿野町(重松明子撮影)

「うわぁ! めちゃくちゃうまいぞ、やるしかねぇ」。15年前、福島県会津地方産の蜂蜜酒「ミード」を飲んだ感動を起点に、醸造を手掛ける女性がいる。工藤エレナさん(37)。旧ソ連時代に生まれたウクライナ系ロシア人で、父の仕事の都合で4歳から会津で育った。東京暮らしを経て、令和3年に埼玉県小鹿野町で生産開始。ミードは人類が飲んだ最古の酒といわれ世界各地に神話が残るが、日本ならではのミードを研究・発信し、お神酒として神社に奉納するなど、その志は日本人を超えている。

1人で日本に戻った少女が…

「蜂蜜は花によって味や香りが全然変わってくる。ミードも同じです」とエレナさん。リンゴの花由来の蜂蜜で醸した酒を飲むと、柔らかな甘さの中に爽やかな果樹園の風を感じる。

秩父の山々に囲まれた渓流沿いの「ディアレットフィールド醸造所」を訪ねた。環境省選定「平成の名水百選」の毘沙門水にも近い秘境だ。「水が良くて、養蜂家さんがいて、原風景の会津と重なる」。6年前に夫の宏樹さん(40)と子連れで移住。廃校になっていた中学校の体育館を醸造所に活用している。

持参した蜂蜜で醸造体験もできる。2キロの蜂蜜で5リットルを仕込み、1カ月後に瓶詰12本で納品される(見学・試飲・送料込み3万3千円)。「結婚式で出したいというカップルや女子旅など一般の方から、養蜂家さんの利用もあります」

きさくな工藤エレナさん(左から2人目)の手ほどきで、ミードづくりを体験できる=埼玉県小鹿野町(重松明子撮影)

取材日は屋上で養蜂を行う「庭のホテル 東京」(東京都千代田区)が蜂蜜を持ち込んでいた。「私どものホテルならではの限定品として、11月からレストランで提供したい。季節によって変わる蜂蜜とミードの味の面白さも体感していただけたら。エレナさんの人柄や熱意に共感しています」と海老沼悟総支配人(50)。同ホテルの養蜂を支援し、都市養蜂を通じて環境問題に取り組むBeeslow(ビースロー)では、東京・清澄白河の直営カフェでエレナさんのミードを提供し、記者はここで初めて飲んだ。アルコール分10%だが炭酸割りなど自由な飲み方ができ、お酒に強くない若者にも人気がある。

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年間6千~8千リットルを生産し、1瓶375ミリリットルや500ミリリットルで1320円~4400円が中心価格。自社通販ほか東武百貨店池袋本店デパ地下など埼玉・東京を中心に取り扱いが広がっている。エレナさんの師匠は国産ミードの草分けで福島県喜多方市の清酒醸造元、峰の雪酒造場の4代目、佐藤利也さん(67)だ。

東京農業大の学生だったエレナさんが会津に里帰りした際、えも言われぬその味に感激、冒頭の「やるしかねぇ」。しかし一介の大学生には資金も経営ノウハウもない。その後、IT業を営む夫の宏樹さんと飲み屋で出会って意気投合。ミードづくりの夢が具体化してゆき、再び会津を訪れ「師匠、技術を教えてください!」。「うれしかったですよ。同じ会津人が一緒にやろうって。同時にこれは責任重大だ」と佐藤さん。

工藤エレナさんと師匠の佐藤利也さん。佐藤さんは毎月、会津から秩父の醸造所に通って技術指導を続けている=埼玉県小鹿野町(重松明子撮影)

エレナさん夫婦はまずはミードの認知だと、サブカルチャーと絡めたクラウドファンディングや試飲販売を始め、テレビ朝日系「新婚さんいらっしゃい!」にも出演した。

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父親の会津大教授着任に伴い来日し、後に都内に移り、エレナさんが都立国際高を卒業すると家族で渡英。だが半年後に1人で帰ってきた。何で? 「いやぁいいでしょう日本は。水や食事…、神社があるからとも言っておきます」

今年5月、秩父で開かれた第75回全国植樹祭を記念し、秩父、会津、出雲、伊勢と皇居付近でとれた東京の蜂蜜で醸したミード「秩父縁花」を醸造。出雲や秩父の神社に奉納している。「神主さんにも初めて知ったと喜ばれます。ヤマタノオロチに濃い酒を飲ませて酔わせて退治したって神話がありますよね。あれ絶対、蜂蜜入れたよスサノオ(ノミコト)さんって。記述はないんだけど、日本神話とミードのロマンを想像すると楽しいんです」

不純物のない自然な甘味ですいすい飲めるミード。気付けば、うわばみオロチ(大蛇)の心地であった。(重松明子)

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