「みんな死ぬまでの暇つぶししとるだけや」 大阪・西成で25歳が圧倒された「シンプルな生き方」
「日本三大ドヤ街」の一つで、最大の日雇い労働市場があると言われる大阪市西成区の釜ケ崎。YouTubeなどで「治安が悪い」イメージが強調される一方、近年では、違法露店や覚醒剤密売は警察の取り組みにより激減している。
ライターの國友公司さん(32)は、2018年、釜ケ崎で78日間の住み込み取材をした。当時25歳。日雇い労働をするなかで、労働者たちの「シンプルな生き方」に圧倒され、個性的な人々とも出会ったという。書籍『西成DEEPインサイド』(朝日新聞出版)より一部を抜粋・編集してお届けする。
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何のために仕事をするんだろう、生きているんだろう――。バイトや放浪で休学を繰り返し、7年かけて大学を卒業後、就職活動に失敗。将来に不安を抱えていた東京生まれの若者が、釜ケ崎で出会った言葉がある。
「みんな死ぬまでの暇つぶししとるだけや」
若者は、7万部を記録した『ルポ西成』の著者、國友公司さん(32)。当時、ライターの仕事がしたいと相談した編集者から「原稿がよければ本にする」といわれ、2018年に西成で住み込み取材をした。
「僕らが持っている常識と違う常識みたいなのがあって、その上で生活とか社会が成り立ってる。すごい学びになった」
日雇い労働の現場が知りたくて解体工事の現場へ。ひたすら廃材を袋につめ、運搬するトラックのタイヤを洗う。ヘトヘトになって会社の寮に戻る。明日のことを考える余裕もない。
「汗かいて疲れて飯食って酒飲んで寝る」
大変だった一方で、そんなシンプルな生き方に圧倒された。
個性的な人たちと出会った。ある同僚は、10日働いてお金をため、「有名なギャンブラーになって人生変えてくる」と飯場を去り、すぐにお金を使い切って戻ってきた。
違法薬物の元密売人で、自らも依存症に悩む同僚の話は、説得力が違った。「いっぱい見てきたで。シャブ打って人生終わってしまう人。根性のある人間はそんなことしいひん」
「三角公園」では、ダンベルでの筋トレを日課にしていたホームレスの70代男性に何度も話を聞いた。生活保護は受けたくないと言い、「体を鍛えていないとホームレスもできないからね」と口にした。なるほどと思った。
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「人は何のために生きるのか」。そればかり考えていた当時の自分に対し、元ヤクザという同僚は言った。「西成でそんなこと考えているやつ、ひとりもおらん。みんな死ぬまでの暇つぶししとるだけや」
明日に保険をかけないような生き方は自暴自棄にも映り、自分にはまねできないと思ったが、不思議と「無我の境地というか悟りに近い」ものも感じた。
「生産性を上げる、社会で評価される。そんな今の時代にまかりとおっている価値観に毒され過ぎていた自分を思い知らされた」
スマホやSNSがなくても生きていけることも新鮮で、視野が広がった。西成で暮らしたことで肩の力が抜け、生きやすくなった。1カ月の滞在予定は、気づけば78日間に及んだ。
行き場のない人たちにとって、たしかに釜ケ崎はある意味、楽園だとも感じた。でも、まだやりたいことがある自分がここに居続けることは恐れ多く、その勇気もないと気づいた。
「結局、自分を大切にしちゃっていて、何らかの価値があると思っていることを自覚した」
※【後編】<西成に増えるYouTuber、中国人、ベトナム人……変わりゆく街に彼が「疲れたとき戻りたくなる」理由とは>に続く
市原研吾(いちはら・けんご)記者になって四半世紀余り。朝日新聞社入社後、福井、和歌山、兵庫、大阪で主に事件を担当。投資詐欺や組織犯罪の取材に力を入れる。現在は大阪社会部の遊軍(何でも屋)。ダイナマイトを使った「ノミ行為」摘発の取材がきっかけで釜ケ崎かいわいに通うようになった。
矢島大輔(やじま・だいすけ)2007年、朝日新聞社に入社。秋田、東京、沖縄、大阪で勤務。伝統的な祭りや習俗、経済事件、教育、災害、沖縄の基地問題などを取材。24年からは東京社会部で、防衛省・自衛隊を担当している。ディープな世界に関心があり、西成に通うことに。ほかに、市原記者との連載「探られた裏アカ〜就活の深層」がある。
市原 研吾,矢島 大輔