そんな考えではキミはホストになれない【実録】ナンバーワンホストが私に教えてくれたビジネスと人生の勝負論

その日、私は人生で初めてホストクラブに行った。

『夢幻の街 歌舞伎町ホストクラブの50年』(石井光太著、角川書店)という書籍を読み、ホストクラブというビジネス形態に興味を持ったことが理由の1つ。

また、いろいろな意味でホストクラブが話題になっている時期でもあった。「年間売り上げ1億円超え」を誇るホストがひしめき合い、彼らの売り上げを支えるために、顧客である女性(個人客)は、一晩に何十万も何百万も支払いをする、という話をいたるところで見掛けた。

風営法により、歌舞伎町のホストクラブの営業時間は深夜1時までと決められている。19時開店として、1日の営業時間は6時間である。6時間の間に個人客から数百万も引き出す関係性を築くのは至難の業である。そこにはもちろん「色恋」もあるのだろうが、そこに至るまでには高度なトークスキルが必要だと思われた。

彼らはいかようなテクニックを使って、6時間以内に人に恋をさせ、大金を費やす関係性を築くのか、それを確かめたくて、同書籍を読んだ友人2人と歌舞伎町に繰り出したのだ。

なお、ここに書くのは、全て昨今のホスト規制法施行前の出来事である。「ナンバーワン」「役職」「売上xx万円」などの表現は、当時は合法だったことを御承知おきいただきたい。また本稿の内容は、ホスト業界に親しむ人にとっては当たり前のことばかりかもしれない。だが、私にとってはとてもワンダーな出来事だったため、そこで得た知見を読者にも共有したい。

・勝負は店の外で起こってるんだ

ホストたちの接客スキルを体感したい、あわよくばそのトークスキルを学び仕事に生かしたい——われわれは期待に胸を膨らませ、歌舞伎町に降り立った。数千円払って入店すれば、5〜10分単位で複数のホストが入れ替わり立ち代わり接客してくれる「初回」のシステムを使って、一晩で3店舗、30人以上のホストと対話をした。

……だが、期待は裏切られた。接客してくれたホストの多くは、素晴らしいトークスキルどころか、会話が成り立たない人ばかりだった。自分勝手な自己アピール、ありきたりな質問、考えの押し付け——会話をつなげ、深堀りするような対話ができる人がほぼいなかった。正直、日々取材を重ね、インタビュースキルを研さんしている同僚たちの方が、何倍も対話力があった。

この対話力で、どうやって顧客を獲得しているんだろう……?

疑問に思う私たちに、ヒントのかけらが届いたのは、店を出てからのことだった。接客してくれたホストたちからLINEがバンバン入ってきたのだ。「今日はありがとう!」「おはよー」「いま、何してる?」といったテンプレ的なメッセージの中に、幾つか店外でのデートを提案するものがあった。

そうか、勝負は場外(店の外)で起こっているのか。LINEのやりとりや店外でのデートを通じて関係性を醸成し、顧客を「沼」らせる。いわゆる「育て」というものだ。店舗はその仕上げとして、集金する場所ということらしい。

ならばそのスキル、拝見しようではないか。慎重な検討の結果、私は2人のホストと店外で会うことにした。

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・元実業団の体育会系ホスト 支配人「Y」

1人目のホスト「Y」は、老舗有名店で「支配人」を務める男であった。地下格闘技のチャンピオンでもある彼は、初回の席でボクシングのフォームを、熱心、かつ的確に教えてくれたことで印象に残っていた。

甘いマスク、仕立ての良いスーツの上からでも分かるマッチョな身体、子どものころから人気者でやってきた人だけが醸し出すとびっきりピカピカの雰囲気をまとう彼は、個人の成果で勝負する「パフォーマンス型」であると思われた。

その読みは「当たり」だった。バッティングセンターでガンガン打つ姿を見せつける、肉弾戦を提案する(いわゆる「枕営業」というやつだ)、愛犬を召喚する、などの手法で次々とアピールし、私(顧客候補)を自分のファンに育てようとした。

店舗NO.2である支配人にまで上り詰めた男である。この戦術はいままで一定の効果があったのだろう。だが、肉体派である彼は、必殺技「枕」を断られたことにより、ペースを乱していく。

ここからは、私のターンだ。取材スキルをフル活用して、彼をさぐっていく。生い立ち、原体験、ホスト転職へのきっかけ、そのときに思っていたことと現実とのギャップ、ホストとしての歩み、トラブル、そのときにどう乗り越え何を学んだのか、仕事で大切にしていること、志──さながらキャリアインタビューである。

興味深かったのは、パフォーマンス型だと思われた彼が、実はマネジメントラインも担っていたことである。当時はどこのホストクラブでも、ホストに肩書が付いていた。代表、社長、部長、課長などの肩書はわれわれの世界のそれとは異なる。あくまでも売り上げの順位であり、実在する部や課があるわけではない。

彼の「支配人」という肩書もそれと同じようなものだろうと思った。しかも、そのお店には支配人が3人もいるという。「3人がかりで何を支配するのか?」と問うた私への彼の答えによると、どうやら「ピープルマネジメント」が支配人の主な役割であるようだった。

複数人のメンバーを配下に持ち、全員への「おはようLINE」から始まる勤怠管理、売り上げが伸び悩むメンバーのモチベーション管理、新人の教育、定着促進などを担っている。支配人になるためには、売り上げ以外に、チーム運営へのコミット、他者からの推薦が必要とのことだ。

新人が定着しないことが目下の悩み。「ホストは新人時代が一番つらいからね。そのつらい時期を乗り越えられるよう、チーム全体でサポートするんだ」とYは語った。

一匹狼スタイルのホストもいるが、Yはそれには共感しない。あくまでもチーム全体での勝利を目指す。実業団の選手でもあった彼は、体育会系らしいチーミングを行っていた。

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・行動力を伴う頭脳派 ナンバーワン「S」

2番目に会った「S」は、ホスト界の顔役的人物が経営する店舗で売り上げ連続ナンバーワンを誇る、売れっ子ホストだった。

高校卒業後すぐにナイトワークを始めたSは、この道一筋18年、生粋の「夜の男」である。一般企業の就業経験はない。だが彼は、優れたビジネスマンだった。彼の強みは「行動力」「スピード感」「対話力」「記憶力」など多岐にわたるものだった。

○行動力とスピード感

SのLINEに「おはよー☆」などの不要な会話は一切ない。最初に送ってきたのは、店内で私が話したランチのお店に一緒に行こうという誘いであった。無駄がなく的確な文面で、仕事のとき同様、一往復半で待ち合わせの日時と場所が決まった。

ランチの席で私が近くのボクシングジムに通っている話をすると、興味を示し、スマホを取り出し、その場で会員登録をし、私が予約しているプログラムで隣のサンドバッグを確保した。その時間、およそ2分。私が好きなものごとに興味を持ち、共感し、行動で示す。しかも爆速で。顧客のフィールドにするりと入り込んでなくてはならない存在になる、というのがSの戦法のようだった。

○自己プロデュース

Sは自分を「特徴のない男」だと評価する。アイドルのような顔立ちがあるわけでもなく、背が高いでもなく低いでもない。ホストとしてこれといった「売り」がないのだという。実際、数年前までは月間売り上げ300〜400万円という「普通の」ホストだったそうだ。

そこそこの売り上げで満足し、上を目指すわけでもない。毎晩閉店までお酒を飲んで、その後もお客さまや同僚たちと朝まで酒を飲む。夕方ごろ目覚めて二日酔いの頭を抱えながら出勤する、そんな日々を送っていたそうだ。だがある日、そんな彼を見かねた経営者が「もったいない」と苦言を呈する。

その経営者の指導の元、Sは自分を改革することにした。

まずはブランディングから。普通の顔立ちの彼は他のホストとの差別化を図るために、ヒゲを蓄えることにした。髪形や服装もそれに合わせ、「ダンディ」にしていく(それは本来、彼の好きなスタイルではないそうだ)。次に変えたのはライフスタイルだ。深酒をやめ、朝起きて昼に活動する生活に変えた。毎日ジョギングもする。そうすると徐々に売り上げがのび、気が付いたらナンバーワンになっていたというのだ。

もしかしたらそれは、一般企業勤めである私向けのストーリーだったのかもしれない。だが、全てがウソというわけでもなさそうだった。事実、彼とはその後も何度か店外で会ったのだが、全て昼間の時間帯だった。

○リスク分散と泥臭さ

ナンバーワンであるSは、本来は月に数日の休みを取ることが許可されている。だが、彼はその権利を行使しない。毎日出勤し、コツコツと新規開拓に努める。

「太客(大口顧客)を一本釣りして、そのお客さまが来店するときだけ出勤するスタイルのライバルもいるが、俺はそれをよしとしない。コツコツと泥臭く積み上げていって、最後に勝つ」

売り上げの内訳は、月間1000万円だとしたら「1000万円の顧客1人」「800万円1人+100万円2人」などさまざまだが、ホストの多くは「エース(売り上げの多くを占める顧客)」によって支えられている。その中、Sは「100万円×10人」を目指す。特定の顧客への依存度を低くし、リスク分散を図るためだ。その10人のプールを作るために、「男性客」「昼職(一般企業勤め)」など、幅広い層の新規開拓に日々まい進する。

○ホストはチームワーク

Sの名刺には役職名がなかった。

先に書いたように、当時のホストクラブでは売り上げが多い順に「それらしい」役職名が付くことが一般的で、彼が勤務する店舗でも、彼以外のナンバー入りホストには「部長」や「主任」などの役職が付いていた。役職名がない理由を問うと、彼は「肩書は必要ないから」と答えた。

事実として自分はナンバーワンであり、わざわざ役職でそれを誇示する必要はない。それに「管理職じゃなくても、メンバーのフォローはする。そんなの当たり前だ」とのことで、言葉の端々からチーミングを大切にしている様子が伺えた。

Sいわく、ホストはチーム戦である。売れっ子/そうではない、会話が得意/飲みが得意など、さまざまなメンバーがそれぞれの得意分野を生かしてサポートし合い、全体の売り上げを伸ばしていく。

「自分ひとりの力では、俺はナンバーワンにはなれなかった」と語るSに、「足を引っ張るようなメンバーとチームを組むぐらいだったら、私は一匹狼でいいや」とカマを掛けたところ、ちょっと真剣な表情になった彼に「そんな考えでは、キミはホストになれない」と諭された。

その言葉を聞いた直後は「いやいや、私は女だから、そもそもホストにはなれないよ」と思ったのだが、後にゆっくり考えたらそれは「社会人として、やっていけない」という意味だったと気が付いた。

2人のトップホストが語ったのは、「チームワークの大切さ」だった。どんな職業でも、その道を極めた人間の言葉には力がある。どちらかというと一匹狼スタイルである私だが、彼らの言葉を胸に、これからはチーミングにも意識を向けようと思う。

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・ホストと私とボクシングと

彼らとの「その後」についても書いておこう。

地下格闘技チャンピオン、兼ホストクラブ支配人の「Y」は、ホストを引退した。総合格闘技に挑戦するという話だったが、まだ実現していない。だが、トレーニングは続けており、あいかわらずムキムキである。

どうしてムキムキだと知っているのかというと、ホスト引退後もやりとりが続いているからだ。当初、彼は営業のLINEをばしばし送ってきた。しかし私がこれ幸いとパンチやディフェンスのコツを質問すると、彼は律義に答え続けてくれた。そうこうするうちに、私を客にすることを諦めたのだろう。それでも連絡を取り続け、ボクシングを教えてくれる親切なお兄さんになった。ホスト引退後もビデオ通話などでレクチャーは続き、いまでは私の師匠になった。

ナンバーワンの「S」とは、何度か一緒にボクシングジムに通った。最初にジムに現れた彼は、「俺はボクシングを習ったことある」「毎日ジョギングしているので、体力には問題ないはず」と自信をにじませていた。

だが、プログラム開始5分で彼は立ち尽くすことになる。トレーニングの激しい動きについていけなかったのだ。白目をむいてぼうぜんとしつつ「正直、舐めてた……」と、ポツンとつぶやいた。

ホストは「男らしさ」が売りの商売である。なのに、痩せて年くったBBA(私)がヘラヘラとパンチを繰り出している横でついていけない自分がよほど悔しかったのだろう。「ホストは負けず嫌いだから」という言葉を残し、私そっちのけで1人でジムに通いだす。顧客を沼にはめるために始めたボクシングで、沼にはまるナンバーワン。

しばらくしてから、また一緒にジムに行こう、との誘いがあった。何度か通ったところで、一通りついていける自信がついたのだろう。だが、彼にとって不幸だったのは、選んだプログラムのインストラクターが、ジムで1番ホスピタリティのあるブラジルミックスの体力おばけだったことだ。

私と話しているSを見て友達だと判断したブラジルミックスは、「歓待しよう」と思ったらしい。ジムでの歓待とは「激しく追い込む」「限界まで煽(あお)る」のことである。陽気な南米スマイルで熱烈に歓待するブラジルミックスの前に、ナンバーワンは撃沈した。おかげで私は、ナンバーワンホストが汗だくではあはあする姿を無課金で堪能させてもらった。

その後、Sは自然とフェードアウトしていった。どこかの段階で私は顧客にならないと判断したのだろう。時間や金銭(ジムの会費など)面でそこそこの投資をしたはずだが、損切りの判断タイミングも鮮やかであった。

本稿を書くに当たり、彼が務める店舗のWebサイトを見たところ、1番目に写真が載っていた。ホスト規制法で順位や売り上げを表記できなくなったが、あいかわらずトップに君臨しているようだ。

最後に、本稿をお読みの女性読者の皆さんへ。ここまで書いてきて何だが、安易な気持ちでホストクラブに行かないでほしい。理由は、彼らにとってホストは「生業(なりわい)」であるからだ。冷やかしや面白半分で接近して、彼らの時間やお金を無駄に使わせてはいけない。

また、全ての人が私と同じような体験ができるとは限らない。私はたまたま時間や金銭に余裕のある「売れっ子」と接触できたので、持ち出しなしで(申し訳ない!)貴重な体験をさせてもらったが、最初にホストクラブに同行した友人2人(若くて可愛い)は、また違った「その後」になったことを、付け加えておきたい。

【完】

執筆:謎のプロライター 画像:Google「Gemini」

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