富士通が開発したシステム「Horizon」の不具合でイギリスの郵便局員13人が自殺
ICL Pathway Limited(後のFujitsu Services Limited)により開発された会計システム「Horizon」の欠陥により、イギリスで900人を超える郵便局長が起訴される事件が1999年から2015年にかけて相次いで発生しました。この事件に関連する162ページの報告書が2025年7月に公開され、犯罪の疑いをかけられた局員が最大13人自殺し、少なくとも59人が自殺を考えたことが確かめられました。
Post Office Horizon IT Inquiry Final Report Volume 1.pdf
(PDFファイル)https://www.postofficehorizoninquiry.org.uk/sites/default/files/2025-07/Post%20Office%20Horizon%20IT%20Inquiry%20Final%20Report%20Volume%201.pdfPost Office scandal may have led to more than 13 suicides, inquiry finds | Post Office Horizon scandal | The Guardian
https://www.theguardian.com/uk-news/2025/jul/08/post-office-scandal-inquiry-horizon-it-scandal 1999年、窓口業務における会計処理を行うため、イギリスにある富士通の子会社・Fujitsu Services Limitedが開発した会計システム「Horizon」が約1万4000の郵便局に導入されました。ところが、Horizonにはしばしば不足額が生じる不具合があったため、郵便局の関係者に詐欺や窃盗などの疑惑がかけられることとなり、1999年から2015年にかけて数多くの人々が有罪判決を受けました。この件で起訴されたのは主にサブポストマスター(郵便局長)と呼ばれる役職に就いていた人物です。サブポストマスターは郵便局を運営する役割を担い、郵便局と契約を結んでいますが、郵便局の従業員ではありません。形態としては、郵便局と郵便局に関連する小売業を営んでいるというものです。 Horizonの展開から約15年で、窃盗などの罪でサブポストマスターを含む多数の局員が起訴され、有罪判決を受けました。元判事のウィーン・ウィリアムズ卿が委員長を務めた公聴会の報告書第1巻によると、起訴された人間は1000人近くになり、賠償を求める人は1万人に上っているとのことです。 この件で、損失の責任を不当に負わされた総数は数千人に上り、多くは請求されることなく自己負担で不足分を補填しました。報告書によると、郵便局の幹部たちはITシステムに不具合があることを知っていたか、知るべきだったにもかかわらず、局員を起訴する際には「データが常に正確である」という主張を崩さなかったそうです。
問題の原因は、Horizonのシステム面での不具合だったとされており、セキュリティ専門家のスティーブン・マードック氏は、大量の取引が同時刻に発生したときにシステムの整合性がとれなくなり、エラーが頻発することが原因だったと分析しています。
ただ、イングランドとウェールズでは「否定する証拠がない限り、コンピューターの動作は正常だったものとして取り扱われる」という規範がある上、当時富士通のシニアエンジニアだったアン・チェンバース氏らが語ったように、当時はシステム上の不具合が発覚しなかったため、局員の無罪を証明するのが困難だったそうです。
また、2004年からこの問題に踏み込んでいるComputer Weeklyによると、郵便局側が関係者の口を封じるような動きに出ることもあったそうです。局員側はこれに反発し、一部は組織化して対抗しました。反発した1人がアラン・ベイツという人物で、ベイツ氏が立ち上げた副郵便局長連盟や、ベイツ氏の具体的な活動などをまとめた映像作品「ミスター・ベイツvsポストオフィス」が2024年に公開されています。
加えて、一部の裁判では、Horizonのチーフアーキテクトであるトルスティン・ゴデセス氏が、「2007年、富士通のエンジニアが、サブポストマスターの端末から欠落したコード行をサブポストマスターの知識や許可なしに置き換えようとした際、誤って金額の不一致を引き起こした。当時、富士通はこの不一致に気づかなかったか、不一致自体には気づいたもののその原因が特定されなかったため、サブポストマスターに責任を押しつけた」と証言するなど、不具合に関する衝撃的な証言が相次ぎました。
この件に関連して、2025年までに多数の裁判や公聴会、調査が行われており、被害に遭った人物の生活が壊れてしまったことも明らかになっています。2025年7月に公開された報告書によると、それまでに報告されたように少なくとも4人が事件に関連して自殺しており、最大で自殺者は13人に上ると考えられるとのこと。未報告の死亡事例を含めると総数はさらに増加する可能性があると指摘されているほか、さらに19人がアルコール依存症に陥り、59人が自殺を考えたことがあると語り、そのうち10人が実際に自殺未遂を犯したことも伝えられました。 無罪判決を受けた人でも、コミュニティで孤立するケースが多く、補償を受ける前に死亡した人もいました。報告書ではその数を約350人と推計しています。一部の家族も精神疾患や他の病気、そして非常に深刻な経済的損失を被ることとなりました。 報告書では、約1万人が4つの補償制度を通じて補償を請求しており、請求者数は少なくとも数百人、場合によってはそれ以上増加する見込みと分析されています。ウィリアムズ卿は、未解決の請求が3000件以上あり、その半数は2025年時点でなお請求の初期段階にあるとしています。
報告書でウィリアムズ卿は「郵便局とその顧問は、初期の提示額を決定する際に、必要以上に敵対的な態度を取るケースがあまりにも多く、その結果、和解に至る水準を下げた」と指摘。公正な補償を実現するため、被害者が政府の資金で無料の法的助言を受け、固定額での補償か請求額の査定を選択するかどうか判断できるよう支援すべきだと述べたうえで、影響を受けた郵便局の運営者の近親者にも補償を付与すべきだと主張しました。 調査結果を受けて、郵便局の会長であるナイジェル・レイルトン氏は、会社を代表して「このスキャンダルで影響を受けたすべての人々に対し、明確で断固とした謝罪を表明し、組織として彼らを裏切ったことを認めます」と述べました。 2025年までに支払われた総賠償額は報告書では明らかにされていませんが、政府によると、2025年6月9日までに7300人を超える郵便局運営者に10億ユーロ(約1700億円)を超える賠償金が支払われたとされています。 ウィリアムズ卿は、後日調査結果の第2巻を公表するとしています。
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