最近生まれた人々は、以前の世代に比べて、認知症になる可能性が低い(ナゾロジー)|dメニューニュース
「自分が年を取ったとき、認知症になる可能性はどれくらいあるのだろう?」
高齢化社会が進む現代、多くの人がこうした問いを一度は抱いたことがあるのではないでしょうか。親の介護、医療費の不安、そして何より自分の将来の記憶や判断力の衰えは、非常に身近な問題です。
そんな中、「若い世代ほど認知症になる確率が低くなっている」という希望の持てる研究結果が発表されました。
この研究は、オーストラリアのクイーンズランド大学(The University of Queensland)を中心とする研究チームによって行われたもので、米国、ヨーロッパ諸国、そしてイギリスの大規模なデータをもとに分析されました。
研究の詳細は、2025年6月付けで科学雑誌『JAMA Network Open』に掲載されています。
- なぜ今、認知症リスクの世代差を調べるのか?
- 若い世代ほどリスクが低い、その理由は?
認知症(Dementia)は、高齢者における死亡や要介護の大きな要因の一つであり、世界保健機関(WHO)は2023年に「世界で7番目に多い死因」として報告しています。
しかも、人類社会は世界的な高齢化に進んでおり、認知症の患者数は今後ますます増えると見られています。
このような状況をふまえ、研究チームは今後の時代で認知症患者がどの様に増加するかを予測するため「年齢ごとの認知症率が、世代によってどう変わっているか」に着目しました。
Credit:canva過去の研究では、認知症のリスクは主に年齢とともに高まるとされてきました。
しかし最近では、認知症の発症には高齢期だけでなく、幼少期から中年期にかけての教育や生活環境、健康習慣など、人生を通じたさまざまな要因が関係すると報告されています。
たとえば、第二次世界大戦中に生まれ育った世代と、インターネットとともに育った世代では、これらの条件はかなり異なるため、「生まれた時代=世代(コホート)」で、認知症の発症率にも大きな違いがある可能性が考えられるのです。
そのため、世代ごとの発症率をきちんと調査する必要があると、今回の研究チームは考えたのです。
研究では、アメリカ、ヨーロッパ、イギリスの3地域における大規模な高齢者調査のデータが用いられました。具体的には、アメリカの「健康と退職に関する研究(Health and Retirement Study:HRS)」、ヨーロッパ10カ国を対象とした「高齢化と退職に関する調査(Survey of Health, Ageing and Retirement in Europe:SHARE)」、そしてイギリスの「高齢化に関する縦断調査(English Longitudinal Study of Ageing:ELSA)」の3つです。
これらはいずれも信頼性の高いパネル調査(同じ人を長期にわたって追跡する方式)で、研究チームは主に70歳以上の高齢者、総勢およそ6万人のデータを分析対象としました。調査は1990年代から2020年代にかけて継続的に実施されており、各参加者の認知機能や健康状態、生活状況に関する詳細な情報が記録されています。
ただ、これらの長期調査は、医師による認知症の診断結果は含まれていません。そこで研究チームは、記憶力テストや生活上の困難さなどの情報をもとに、認知症の可能性が高い人を推定するアルゴリズムを使って分析を行いました。
この手法は過去の診断データを参考に設計されており、診断の精度には限界があるものの、大規模な傾向をつかむには十分な信頼性があるとされています。
また、経済情勢などによる健康状態への影響を考慮するため、各国のGDP成長率なども統計モデルに組み込まれました。
こうして年齢や調査時期といった影響を取り除いたうえで、「生まれた年代(世代)」によって認知症の発症率がどう異なるのかを研究は調査したのです。
では実際に、世代ごとの違いにはどのような傾向が見られたのでしょうか。
研究の結果、驚くべき傾向が明らかになりました。
同じ年齢(たとえば81〜85歳)でも、より若い世代(生まれた時代が後の人)ほど、認知症の有病率が低いことがわかったのです。
たとえばアメリカでは、1890〜1913年生まれの人のうち25.1%が認知症を発症していましたが、1939〜1943年生まれでは15.5%まで減少していました。
ヨーロッパやイギリスでも同様の傾向が見られ、とくに女性での減少が顕著でした。
3つの長期パネル調査データ(HRS[アメリカ]、SHARE[ヨーロッパ]、ELSA[イギリス])それぞれについて、出生年を基準とした認知症のリスクの変化/Credit: Xiaoxue Dou et al., JAMA Network Open (2025)このように、若い世代ほど認知症を発症する割合が低くなっている背景について、論文では次のような世代の変化が要因になったと考察されています。
たとえば、近年では喫煙率の低下や、血圧・糖尿病といった慢性疾患への医療的対処が大きく改善されており、こうした身体の健康状態の改善が脳の健康にも良い影響を与えていると考えられています。
また、栄養状態の向上や、鉛などの神経に悪影響を及ぼす環境毒への曝露の減少も、子どもの頃からの神経発達に好ましい環境をもたらしてきました。聴力や視力といった感覚の衰えに対しても、補聴器や眼鏡などで早めに対応できるようになったことが、認知機能の維持に一役買っている可能性があります。
こうしたなかでも、特に大きな影響を与えていると考えられているのが教育の普及です。
20世紀後半以降、とくに女性を含む多くの人が高等教育を受けるようになり、それによって脳が日常的に刺激される機会が増えました。こうした経験の積み重ねが、年を重ねても認知機能を維持する「認知的予備力(cognitive reserve)」を高めると考えられているのです。
このようなさまざまな要素が重なり合い、結果として、若い世代は高齢になっても認知症になりにくい、より脳にやさしい社会環境のなかで生きているのではないかと考えられるのです。
ただし、研究者らは「だからといって安心するのは早い」とも警告しています。
今後の世代が新たなリスク(たとえばデジタル依存や運動不足など)に直面する可能性もあり、今回見られた世代の改善傾向が永続するとは限らないのです。
また、この研究では認知症の減少傾向が「なぜ」起きているのかの直接的な原因までは特定しておらず、そこは今後の研究課題とされています。
とはいえ、今回の研究は、認知症のイメージに対して、新たな視点を与えてくれます。
たしかに高齢になると認知症のリスクは高まりますが、そのリスク自体は時代とともに変化しているのです。
認知症のリスクについては、現在も様々な要因、仮説が報告されており、遺伝的要因なども挙げられていますが、世代間で低下している傾向が見られるということは、教育、生活習慣、医療環境など、社会全体の状況が影響している可能性が、この研究から読み取れます。
参考文献
Younger generations less likely to have dementia, study suggestshttps://www.theguardian.com/society/2025/jun/02/younger-generations-less-likely-dementia-study
元論文
Generational Differences in Age-Specific Dementia Prevalence Rateshttps://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2834750
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部