プーチン大統領の観測気球と停戦の行方

軍事・安全保障

ロシアのプーチン大統領は、ウクライナのゼレンスキー大統領が任期終了後も選挙を延期していることを、繰り返し揶揄している。そして、ゼレンスキー大統領には正当性がないので、本格的な和平合意はウクライナで選挙が行われた後の新指導部との間で取り交わすことになる、と発言してきている。

プーチン大統領 クレムリンHPより

これについて広範な感情的な反発がある。それはともかく、実はウクライナ側もロシアの現指導部との直接交渉を法律で禁止している事情がある。ロシアとウクライナは、相互に直接交渉を嫌っているわけである。

そのためアメリカが仲裁者としてそれぞれと個別の交渉を繰り返している。なぜアメリカは個別交渉ばかりを繰り返すのか、といった声もあるが、ロシアとウクライナが直接交渉を拒絶しているから、というのが公式の答えになる。

漠然と、最後の最後になったら、直接交渉が行われるのではないか、というイメージが持たれている場合があるが、必ずしもそれは絶対ではない。少なくとも、プーチン大統領とゼレンスキー大統領の直接交渉が発生する可能性は低い。このままアメリカが間に入った個別交渉の積み重ねの末に、一定の合意が果たされる可能性もあると思われる。

この流れの中で、仲裁者アメリカと紛争当事者の二カ国のそれぞれの大統領が、メディア対応やSNSでの発信を通じて、交渉に影響を与える発言をする、という場面が多々見られてきている。三者三様のやり方で、様々な思惑を感じさせる発言をしてきている。

プーチン大統領は3月27日の発言で、国連の暫定統治をウクライナに導入して選挙を実施したらどうか、という案を披露した。おなじみのゼレンスキー大統領には正当性がないという主張の延長線上の発言である。これにはウクライナや欧州各国の指導者のみならず、国連事務総長も、否定的な発言で反応した。すでに存在している主権国家の頭越しに国連が暫定統治を導入した事例はない。脱植民地化の過程で、国家内部の特定地域の地位確定のための暫定期間に、国連が一定の統治機能の肩代わりをしたことがあるのが基本だ。

一番最近の事例としては、1999年以降の数年の間に東ティモールとコソボで、国連が暫定統治活動を行ったが、これも分離独立を目指す地域の地位確定までの暫定期間に、国連が統治活動を肩代わりした事例だ。微妙な例としては、1992-93年のカンボジアにおける国連の暫定統治が想起される。国際的な正当性を欠いた実効支配政府が、長期にわたる内戦をへて、国家統一を果たすために、カンボジア人各派が共同で構成する主権評議会とは別に統治権限を行使する国連の暫定的な統治権威を受け入れた。ロシアは、東部4州を併合したという立場をとっているので、カンボジア型の暫定統治は、プーチン大統領が受け入れないだろう。

ウクライナの場合、いずれにせよ、安全保障理事会で少なくともイギリスとフランスが拒否権を発動しても拒絶をしてくると思われるので、実現の見込みはない。もっともそれは、ウクライナ全土を対象にして暫定統治を導入するモデルの場合の話だ。

プーチン大統領の発言の裏側には、トランプ政権が登場してから、ウクライナをめぐって国連安保理決議が採択される可能性が出てきたことをふまえた意図があると思われる。今年2月24日に、国連安保理は、ロシア・ウクライナ戦争の早期の停戦を要請する決議を採択した。欧州5カ国が棄権に回ったが、米・露・中を含む残り10カ国が賛成して、採択された。2022年2月のロシアのウクライナ全面侵攻以降、初めて国連安保理がこの戦争に関して採択することができた決議であった。

もし国連安保理が早期停戦を公式に促すのだとしたら、停戦に伴って何らの平和維持活動ミッションあるいはそれに準ずるミッションの派遣の要請が生まれたとき、それを可能にする決議が採択される可能性があるということだ。それをふまえてのことだろう。3月になってから、中国やインドから、ウクライナでの平和維持活動に参加する可能性を検討しているかのような報道が出てきた。

プーチン大統領の真意はもちろんわからないが、真剣に国連平和維持活動(PKO)ミッションの派遣の要請を考えているのだとしたら、今回の発言は、ある種の観測気球ということになるだろう。ウクライナ全土を、暫定的であれ、国連が統治するというのは、様々な意味で、起こりそうにない。しかしそれでも国連PKOミッションの展開がうわさされ始めているのは、第三者性のある組織が、停戦監視にあたるのでなければ、停戦の実効性が保てないからだ。第三者とは、OSCEでなければ、国連以外にはない。プーチン大統領は、おそらくこの国連PKOの展開を視野に入れ、その活動範囲と権限の最大限の拡大を狙っているのだろう。

もちろんロシアが併合したことにしている地域に国連PKOを入れることは、ロシアの側が許さないだろう。しかしウクライナ全土に国連PKOが展開し、それによってNATO構成諸国の軍事展開を阻止する根拠にできるのであれば、その方が望ましいと思っているのだろう。

ロシアとウクライナの戦線は、実際に交戦地域を見ても約1000キロ、ロシアとウクライナの間の国境線という意味では2,000キロ以上の距離がある。空前の規模の両軍の引き離しが必要になる。史上最長・最大の非武装中立地帯の設定も視野に入ってくる。その非武装中立地帯の監視にあたることができるのは、ほぼ国連しかない。

イギリスとフランスが中心になって進めている欧州軍あるいは有志連合軍の展開は、中理的に活動する国連PKOとは別のものになる。もし展開できるとすれば、ウクライナ西部だけだろう。それでもオデッサなどの要衝に展開したいとは思っているはずだ。

ロシアは欧州軍の展開を嫌っているので、国連PKOを望んでいる。万が一、併存する形で欧州軍の展開を受け入れるとしたら、限られた西部地域のみにおいてであろう。

以前の調査報道で、ロシアがウクライナ領土を三分割する案を持っていると伝えられたことがある。ロシアの視点で東からロシア併合地域、キーウを含む中央部、そして西部地域だ。

Media: Russia will try to convey to the USA a plan to divide Ukraine into three parts
The Ministry of Defense of Russia has prepared a report with a forecast of the development of the military and political situation in the world until 2045 — wit...

現状ではこれは、ロシア占領地域、国連展開中立地域、欧州軍展開地域という区分けの考え方と対応することになる。

まだロシアがウクライナ三地域化案を提案するかわからず、ウクライナが合意するかもわからない。ただ、逆に言えば、ロシアとウクライナの双方が、この案に合意すれば、停戦に向けた地ならしは一気に進んでいくことになる。

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