100年ぶり発見「第3の磁性体」 高性能メモリーへの応用に開発進む

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約100年ぶりに発見された第3の磁性体がコンピューターのメモリーに使えることが実証された。応用研究が進めば、従来より演算速度が速いコンピューターや、充電が長持ちするスマートフォンをつくれる可能性がある。世界に豊富にある鉄と硫黄でできており、資源制約も少なくコスト面でも優位性がある。

開発を進めるのは東京大学大学院工学系研究科の関真一郎教授の研究チームだ。第3の磁性体にデジタル情報を構成する「0」と「1」を読み書きできることを確かめた。従来の磁性体のメモリーに比べて100倍以上高速で、100分の1に小型化できる見込みだ。室温で動き、電源をオフにしても書き込んだ情報が保持される。

磁石のような性質を持つ物質を「磁性体」という。これまでに2つの磁性体グループが知られていたが、2022年にドイツの研究チームが第3のグループを見つけた。「交代磁性体」と呼び、物質の中にある微小な磁石のN極とS極の並び方などが違う。新たなグループの発見は約100年ぶりだ。米科学誌「サイエンス」の「24年の10大ニュース」にも選ばれるなど、材料研究の注目テーマの一つになっている。

ありふれた元素からなる「硫化鉄」でできており、材料費は格安だ。研究チームは物質のデータベースと、計算による物性予測を駆使して数万の候補物質の中からこの材料を見つけ出した。現在は3ミリ角前後の結晶を作ることができる。今後、コンピューターのデータを一時的に保存するメモリーの開発を進める。24年12月に英科学誌「ネイチャー・マテリアルズ」で発表した。

磁性体の中の微小な磁石を情報記憶に使う歴史は古い。代表的な製品がVHSなどの磁気テープや、パソコンに使われるハードディスクドライブ(HDD)だ。近年は半導体の技術をかけ合わせた「磁気抵抗変化型メモリー(MRAM)」という新型メモリーの市場も立ち上がっている。

MRAMのような磁気記憶はデータの保持に電力が要らないメリットがある。電源をオフにしてもデータが消えず、バッテリーの持ちが良い。スマートウオッチに載せ、追加充電なしで1週間以上の使用を可能にした事例も出てきている。反対に電気で情報を記憶するタイプのメモリーは時間とともに内部の電流が漏れ、放置するとデータが消える。予防策として電気を流し続ける必要があり、電力消費が増大してしまう。

今日の電子機器のメモリーのほぼすべては電気記憶だが、近年は省エネな磁気記憶に注目が集まる。インドの調査会社モルドール・インテリジェンスによれば、MRAMの市場規模は24年の約20億ドルから29年には約226億ドルに広がる見通しだ。

一方で既存のMRAMは容量を高めにくい課題を抱える。「強磁性体」と呼ぶグループの材料が使われており、材料の中にある微小な磁石を高密度に配置すると、おのおのの磁石が干渉し、データを正確に読み書きできなくなる。間隔をあけて配置するため、容量が低い。

そこで注目を集めるのが第3の磁性体である交代磁性体を使ったMRAMだ。このような磁石同士の干渉は発生しない。磁石を狭い間隔で配置でき、集積率は原理上従来のMRAMより100倍に高まる。読み書き速度も従来のナノ(ナノは10億分の1)秒単位から、ピコ(ピコは1兆分の1)秒単位への高速化が見込める。「(半導体メモリーでスタンダードな電気記憶の)DRAMやSRAMに追いつける可能性がある」(東大大学院の関教授)と意気込む。

メモリーはコンピューターの演算性能を左右する。高性能なメモリーを積めば、複雑な人工知能(AI)の計算が速くなったり、1回の充電で長く使えるようなスマートフォンをつくれたりする。新たなメモリー開発はエレクトロニクス研究の重要分野の一つで、6月に京都で開催予定の半導体国際学会「VLSI 2025」でもメモリー関係の採択論文はデバイス・プロセス技術部門全体の4分の1を占める。特に韓国や中国からの発表が多い。

交代磁性体はスマートフォンのストレージに使われるフラッシュメモリーにも向く。現在のフラッシュメモリーは安い半面、書き換えできる回数が限られている。交代磁性体のMRAMは原理上、書き換えの回数制限がない。材料の安さを武器に量産が進めば、既存のフラッシュメモリーから置き換わることもありそうだ。

「交代磁性体は理論提案から間もなく、実験はほぼ未開拓の状況」(東大大学院の関教授)という。この数年間に複数の材料が発見されたが、本当に製品になるのか今後の開発状況次第だ。

関教授らのチームは実用化に向け、基板上に薄膜をつくる研究を進めている。今後材料の加工技術や製造プロセスなどが障壁となる可能性はあるが、交代磁性体の本質的な課題は今のところ見つかっていない。想定される素子の構造は既存のMRAMとほぼ同じで応用研究が一気に加速する可能性が高い。

メモリーの一種の「DRAM」の世界シェアは韓国SKハイニックスと韓国サムスン電子、米マイクロン・テクノロジーの3社で95%を占める。日本のキオクシアは主に「NAND型フラッシュメモリー」を手掛け、ルネサスエレクトロニクスは「SRAM」の製品を持つ。

MRAMは国内では東北大学が研究に精力的で、キオクシアもSKハイニックスと共同で研究発表をしている。様々な新型メモリーの開発競争が激化しており、数十年後には各社の市場の構図が大きく変化する。

半導体業界は技術革新のスピードが速く、産業化を見据えた研究が重要になる。交代磁性体は発見から間がなく、実用化の行方には未知数の部分も多い。企業との連携を通じ、早期に試作品を作って性能検証することが必要だ。ラピダスが取り組むロジック半導体とのシナジー効果を生み出すためにも、新型メモリーの芽となる基礎研究を大事にすることが重要だ。

(土屋丈太)

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