市販の風邪薬で「パキる」のがステータスのように 若い世代でオーバードーズ(OD)が深刻化 経験者が語る「脳みそが溶けるって感じ」
薬を乱用する「オーバードーズ(OD)」が若い世代に広まっている。市販の風邪薬など誰でも手に入る薬を使用して「パキる(酩酊状態になる)」ことが一種のステータスのようになりつつあるという。事態が深刻化し、ODの結果、命を落とす少女も出ている東京・歌舞伎町を取材した。
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「脳みそが溶けるって感じです」
東京・歌舞伎町。この街で薬を乱用する「オーバードーズ(OD)」を続けていた女性の通称、メロンニートさん(40)は、その時の感覚をこう表現する。
ODを始めたのは10年ほど前。当時は北海道に住んでいたが、失恋をし、突発的に睡眠導入剤を大量に服用した。飲むと、フワフワする感覚を得られやめられなくなった。4年前に東京に来ると、歌舞伎町に入り浸り、ODを繰り返すようになった。
市販薬のせき止めを、初めは1シート(10錠)程度飲んでいた。だが、次第に耐性がつき、飲む量は増えていった。しまいには、5シート飲まないと効かなくなった。錠剤を粉にし、甘い飲料に混ぜて飲むこともあった。
常用していた時は、友だちの名前を思い出せず、 自分の名前も書けなくなった。ピアノをやっていたが、楽譜が読めず、弾けなくなった。意識が飛んで、救急車で緊急搬送されたことが10回以上あったという。
「パキっていると怖くないんです。高所恐怖症の私でも、ビルの高層階から下を覗いて『飛べそう』って思いました」(メロンニートさん)
パキるとは、ODによって酩酊状態になることだ。いま、このODが若者たちの間にも広まり、深刻な問題になりつつある。
14歳の女子中学生が飛び降り自死も
10月中旬には歌舞伎町で、14歳の女子中学生が雑居ビルの踊り場から飛び降り命を落とした。少女は、以前から歌舞伎町の「トー横」と呼ばれる周辺で目撃されていて、飛び降りる直前、市販薬を大量に飲んでいたという。
2025年版の『自殺対策白書』によると、24年の15~29歳の自殺者数は5年連続で3千人を超えた。39歳以下の自傷・自殺未遂で最も多い手段は医薬品などのODだ。特に女性の自殺者は、20~30代前半では自殺未遂歴がある人が4割を超えているという。
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誰でも手に入る風邪薬やせき止めなどの市販薬でも、大量に服用すれば身体への深刻な影響が懸念されている。興奮、幻覚、けいれん、記憶障害。肝機能や腎機能が低下し、最悪の場合は死に至る可能性もあるといわれる。
厚生労働省も、ODは違法ではないが「心と体を傷つける危険な行為」と警鐘を鳴らす。同省のHPには「特に、市販薬には、いろいろな成分が含まれているため、たくさん飲んで中毒になった時に、作用が影響し合って、原因が分からなくなる場合があり、治療がとても難しくなってしまいます。例えば、風邪薬をたくさん飲みすぎると、肝臓が壊れてしまったり、死んでしまうおそれもあります」と明記されている。
なぜ、命にも関わる危険な行為に手を出してしまうのか。
歌舞伎町に事務所を構え、若者たちの相談に乗る公益社団法人「日本駆け込み寺」代表理事の清水葵さん(26)は、「ODをする子の多くが、SOSを出せない環境に置かれていると感じる」と話す。同法人が昨年、市販薬の乱用者に行ったインタビューでは、ODをしたくなるのは「バッドに入った時」「気分が落ち込んだ時」「気分を変えたい時」「寂しい時」などの回答があった。
「悩みなどを打ち明けられる場所があり、信頼できる人がいれば、薬に頼らずに済むはずです。しかし、それらがなく、薬を飲めばフワフワとした浮遊感や偽物の幸せのような感覚が得られるため、ODを繰り返す子が少なくありません」(清水さん)
ラブホテルで「パキ会」
いま、歌舞伎町でODをするのは10~20代の若者が中心で、女性が大半だ。一度に睡眠薬を100シート飲んで、緊急搬送された19歳の女性もいた。薬代は、「パパ活」や体を売って手に入れる子も少なくないと清水さんは言う。
「最近は、『パキ会』と称して、ラブホテルなどで、友だち同士でODをするケースが増えています」(清水さん)
薬の入手経路も様々だ。
薬局では風邪薬など「乱用等の恐れがある医薬品」を販売する際、20歳未満は「原則1人1箱」に限定している。だが、複数店舗を回れば、いくらでも手に入る。フリマアプリでは、ぬいぐるみの名目で薬が売買され、ネット通販で購入できる薬も少なくない。
清水さんは、歌舞伎町ではODが若者たちの間で一種のファッションやステータスのようになっていると危機感を表わす。一部の睡眠薬は、飲むと舌が青くなる。それを見せ合うのが若者の間で流行っていると。
「SNSでは、パキって街をふらふらしながら歩いている子の動画も投稿されています。それを見て興味を持って、ODを目的に歌舞伎町に来る子もいます」(清水さん)
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ODをやめるのは簡単ではない。そもそも日本の薬物乱用防止教育は「ダメ、ゼッタイ。」といった呼びかけを続けてきた。だが、若者のODは「生きづらさのサイン」でもある。頭ごなしに否定されると、ますます孤立する。
同法人が「ODをやめたきっかけ」について聞くと、「これ以上やったら死ぬって思った」「家族にパキっている姿を見られた時」という回答があった。
冒頭のメロンニートさんは、1年ほど前にODをやめた。きっかけは、続けていたピアノを再開したいと思ったのと、薬に使うお金がもったいないと思うようになったから。薬局で1箱1650円のせき止めを買うのなら、カラーコンタクトレンズを買おうと考えるようになった、という。
「お金がもったいないと思えれば、やめられるかもしれません」(メロンニートさん)
先の清水さんは、「官民連帯して取り組む必要がある」と強調する。
最近、歌舞伎町の近くに朝5時まで睡眠薬を買えるクリニックが開設した。そこでは未成年でも保険証がなくても買うことができる。こうした実態を行政は知って、対策を取ることが必要だという。そして、民間の役割としては、「居場所づくり」も欠かせないと語る。
「ODに走る子どもたちには、自分を受け入れ、認めてくれる場所が必要です。そこで薬を使わなくても安心でき、話を聞いてくれる相手がいれば、状況は変わっていきます。そうした逃げ込める場所を社会の中に増やしていくことが重要です」(清水)
問われているのは、個人ではない。社会全体の向き合い方だ。
(AERA編集部・野村昌二)
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